羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
パール二世

第一波は過ぎたようだ。なんとか生き延びた。まわりの知人友人演劇関係者たちも皆無事だったようである。良かった。

今後Withコロナだそうで、それがいったいどういう日々になるのか想像もつかないが、マスクの取り外しがかなり先になることだけは確かなようである。ちゃんと装着しておかないと、感染が怖い以上に肩身が狭い。

日本が諸外国に比べて被害が小さかったのは、この極めて日本的な「肩身が狭い」思想によるものではないかと思われる。似たような言葉で「世間を憚る」とか「面目が立たない」とかも良い日本語だなあと思う。

 

数十年ぶりにロバート・B・パーカーを読んでいる。スペンサーという私立探偵が主人公のハードボイルドである。

実はこのスペンサーシリーズは狛江市立図書館に日参していた1984年から1985年頃、まとめて読んだという鮮明な記憶がある。ネットで調べてみると、タイトルに記憶のある11作目『告別』の刊行が1985年で、1986年刊行の12作目『キャッツキルの鷲』以降にまったく覚えがないので、私の記憶がwikiによって裏打ちされた格好である。

パーカーは2010年に亡くなるまでエネルギッシュに書き続けたようで、スペンサーシリーズだけでも40作にのぼっている。つまり私が読んだのは初期の11冊にすぎないわけだ。なーんだ。

1985年以後、本屋さんで新作を見つけてもなぜ読まなかったかというと、実は主人公のスペンサーがあんまり好きではなかったからである。「もうこのあたりでいいや」って感じだったのだ。

どこが気に入らなかったのだと訊かれても困るのだが、あまりにも健康的で完璧なキャラに付いていけなくなったのかも。「アル中」とか「ヤク中」とか「暴力ふるいがち」とか、悩み多き探偵の方が好きという、あくまで好みの問題なのだろうと思う。

今回、記憶違いを一つ見つけた。恋人の名前である。私はてっきり、スペンサーの恋人はギター製作の仕事をしているロビンさんだと思い込んでいたのだが違った。スーザン・シルヴァマンという精神科医の美人だった。

そうだった。シルヴァマンだった。思い出した。

ではロビンさんはいったいどこの誰だ。わからん。

 

アメリカのミステリー作家というのは女性の好みがみんな一緒だとよく思う。美人で、豊かな長い髪で、背が高くて、ものすごく知的で、会話はウィットに富み、ハイレベルの職業についており、そして美しい足を持っている。「世間を憚る」なんて言葉は知りもしないし、また知る必要もない女達だ。

今読んでいる『背信』では、足以外にもスーザンの僧帽筋を美しいと誉めていた。「はいはい」てな感じである。なーんか面白くない。僧帽筋だよ? どこだよ、それ。

健康な探偵も不健康な探偵も、このような素晴らしい女性と深く愛し合っているところはだいたい一緒である。そんな二人が食事をしたり部屋で過ごす様子がちょいちょい物語の中に差し込まれるのだが、「このシーンいる?」とよく思う。

 

久しぶりだというのに面白くもなんともない、書評にもなっていない悪口を書いてしまった。ブスで、髪は刈上げの上に薄いのが悩みで、背が低くて、ウィットに富んだ会話どころか普通にさえ喋れない私の嫉妬心によるものである。ごめんなさい。

どうして突然こんなお話になったかというと、『背信』に、ジャーマン・ショートヘアード・ポインターが登場してうれしくなってしまったからである。

「知ってる!」と叫びたくなった。

そう、『シリウスあるいは犬の星』の歩太である。『シリウス〜』では、歩太が自分の名前について「血統書つきのドイツ犬なのにポタはないだろ」と愚痴るシーンがあるが、『背信』に登場するジャーマン〜はパール二世という名前であった。さすがである。歩太の愚痴を思い出して笑ってしまった。

 

歩太の独り言シーンは面白かったなあ。でも純一にはナイショだが、書いているときの方がもっと面白かった。

| 羽生まゆみ | - | 23:28 | - | -
巣ごもり

確かにスーパーが混んでいる。私も最近スーパーに行く回数が増えていたことを正直に告白する。深く反省し、さっそく「3日に1回にするよーに」という百合子たんの言いつけを守ることをここに誓うものである。

スーパーへ行く回数が増えていた理由は言うまでもない、この巣ごもりでさすがの私も料理をしないわけにはいかなくなったからである。

重たいものを持つのが大嫌いだ。そのせいで食料は肉でも野菜でもその日に必要な分しか買わないというのがこれまでの生活スタイルであった。毎日お料理をするわけではないので、余りもののタマネギを腐らせたり、ほったらかしのジャガイモから芽が出たなんてことになるのも嫌だった。(私はなぜか芽の出たジャガイモがものすごく恐い。)

今後は重たくても頑張って3日分の食材を運ぶ覚悟である。

疫病の終息までに私の料理の腕はかなり上がるものと思われる。私だってやらねばなならん時はやるのだ。

 

先日も書いたブートキャンプを真面目にやっている。久々に汗をかいていて気持ちが良い。やっぱり運動が好きなのだろう。

スタートして16日間。3日やって1回お休みのパターンが続いている。ちゃんとトレーニングウェアに着かえ、ウォームアップをしてからスタートする。これは芝居の稽古場と同じで、日常をずるずる引きずったままでは集中力が発揮されないからである。洋服もろとも日常を脱ぎ捨てることが大事だと考える。

ビリーの激に励まされながら頑張っているが、なかなかスピードについていけないのが悔しい。

「倍速でやるぞ! GO!」などど叫ばれても無理である。最初はやみくもに従ってしまい膝痛が出た。今は倍速シーンになってもそのままのスピードでやっている。セット数も同じで無理なものは無理。プッシュアップなんぞ「8セットだ!」と命じられるのだが、いやあ無理でしょ。5セット目からは無理せず膝つきでやっている。ビリーはどうせ私のことなど見ていないから「寝てるのか!」などと叱られることはない。一緒にやっている人たちはけっこう叱られていて面白いよ。シェリーだけはほめらている。

 

巣ごもりに入ってから身体がぽてんと緩んだのは確かである。

ただパワー系の種目をやっても衰えた感じはないので、筋肉そのものは減っていないと思う。脂肪が筋肉を覆い隠したせいで、このようなぽてんとした身体になってしまったのだろう。

脂肪を落とすために食べるのを我慢できたらよいのだが、これがなかなかむつかしい。ご飯は仏壇のお供えかっつーくらいちょびっとだし、アイスやスナック菓子はまったく食べていない。しかし豆大福や柏餅などの和菓子をどうしても我慢できない。「アンコは豆が原料だから身体に良いはず」という理屈によって「砂糖をたくさん使っている」という現実を覆い隠そうとしている。「ダイエットができない人は言い訳を考えるのがうまい」と何かで読んだことがあるが、まったくそのとおりである。

さあ、今夜もまた頑張るよ。昨日から腹筋編に入ってみた。腹筋運動が大嫌いなので恐る恐るだったがわりと楽しかった。

 

あんまり良い文章が書けないね。

読んでくれてありがとう。申し訳ないよ、まったく。

| 羽生まゆみ | - | 21:37 | - | -
猫は正義をわめかない

テレビをつけるとあっちでもこっちでも批判と文句の嵐で本当にうっとうしい。

いい大人がマスク2枚ごときを俎上に乗せて、あーでもないこーでもないと真面目な顔で悪口言っているのを見ると、あまりのバカバカしさにめまいがする。くれると言っているのだから素直に頂いておけばよろしい。頂いておいて必要なければ、欲しいとおっしゃるご近所の田中さんに差し上げなさい。

批判やら反省やらは、この疫病が終息したあとでたっぷりゆっくりやればよい。疫病に感染して本人も家族も大変なときに、病人に反省や謝罪を求めてどうする。誰かが病気になったら「お大事に」と言うのが礼儀というものだ。病人をベッドから引きずり出すのはならず者の所業である。軽率にもうっかり出歩いてしまった感染者と、このならず者に差異はない。好みから言うと私は後者の方が100倍好かん。

今回の件に限らず、何か事が起こると、正義面した輩がテレビの中を跳梁跋扈する。正義の人が正義を述べる。その正義が誰かを傷つけたとしても、それは正義だから許されると正義の人は思う。

まあ、意見を述べるために集められた人たちは「正義」を述べるしかないだろう。どこで世間の批判が自分に向かうかわからないから、とりあえず正義を述べておくのが一番無難である。その程度のバカタレな人々が、みんなであーだこーだわめいているのである。ただただうっとうしい。

この頃はにゃんこが外国の街を歩き回る番組に心が癒されている。猫は正義をわめかない。

あとBSで最近始まったコロンボとポワロのドラマも録画してまで観ている。ポワロの方は衣装や美術がとってもステキ。コロナ騒動が始まるまでは、ドラマよりニュース番組が大好きだったのにね。コロナ関係は百合子たんの記者会見を観るだけで充分である。

 

体重がついに5年前に戻った。そりゃそーだ。まったく運動していない。フィットネスクラブは当然ながら休業中である。ボクシングジムは休業していないようだが、私は2月の半ば頃からいっぺんも行っていない。

で、昔流行したビリーズブートキャンプのDVDを、家の者の「正気に戻れ」という声を無視して、Amazonで購入した。

自宅トレを特集していた『Tarzan』の最新号も買った。やっぱり家の者に「読むだけでは痩せない」と感じの悪いことを言われた。

ブートキャンプの方は入隊以来けっこう真面目に訓練している。早いテンポに遅れを取ってなるものかと負けず嫌いを発揮したせいで、しばらく調子の良かった左膝の痛みがぶり返したくらいである。けっこうハードで楽しいから、膝に気を付けながら頑張るよ。ビリー隊長の横でやっているシェリーっていう女がライバルだ。

 

玉組HPの扉、舞台美術の写真が『ロンググッドバイ』に変わったよ。照明がとってもきれい。登子さんの美術、伸一郎の照明でいつかまたやれることがあるのかなあと考えたら泣きそうになった。

12月の公演が疫病のせいで飛んだらもう無理だな。

| 羽生まゆみ | - | 20:50 | - | -
賛成! でいいじゃん

怒涛の如く更新していた2月から一転、すっかり書き込みがなくなったこのひと月。もちろんこれはホン書きに入ったからである。と言っても忙しいからではなく、ちっとも進んでいないのでブログを書く気にならなかったのだ。

さてそんな3月4月、世の中が恐ろしいことになっている。優太もEricoも、予定していた芝居の公演が飛んだ。まあ仕方がないと思う。稽古場にしろ劇場にしろ小さな密閉空間で、今日まで小劇場からの集団感染が発生していないことを奇跡のように感じる。(クドカンの稽古場は大丈夫だったのだろうか。役者やスタッフたちが無事ならよいが。)

12月の私たちの公演がどうなるか、今は考えたくない。とにかくホンは仕上げる。やれると信じて、私も制作陣も準備を進めている。けれど頭のどこかで、やれない場合もあることを考えておかねばならないし、覚悟もしておかねばならない。

私は普段すぐオタオタするし、気も小さいし、決断力がないし、傷つきやすいガラスの心臓の持ち主だが、なぜか大事の前では突然人が変わったように肝が据わる。「あ、今据わった」と自分でわかる。だから、決断が必要になったときの私を、あまり心配していない。正しく判断するだろう。

小劇場の公演など、人の命に比べれば取るに足らないものである。私の創る芝居など特にそうだ。

芝居は芸術であると同時に、ただの娯楽でもある。芸術と娯楽、どこで別れるかと言うと、創ったのが誰かで別れる。作った人が芸術家なら芸術だし、私が創れば娯楽である。

野田秀樹は当代随一の芸術家である。私もそう思うし、世間の折り紙付きだし、彼自身もそう思っている。

彼は政府から公演の自粛要請を受けたとき、「劇場の閉鎖は『演劇の死』を意味する」といった意見書をHPで発表した。これについてどう思うかは、今頃私が書くことでもない。賛成にしろ反対にしろ、世間の意見は様々に出ただろう。私の賛否は今更になる。

だから賛否ではなく、まったく関係ないことを少し。

私が嫌だったのは、この「演劇の死」といった抽象的な言葉である。すぐさま、やはり芸術家である平田オリザが「連帯する」と声明を出したが、これも嫌だった。芸術家たちが芸術家らしい言い回しで良い気分になっているとしか感じなかった。「そんな場合か」と言いたかった。

「閉鎖するべきではない」

「賛成!」

でいいじゃん。と、芸術家ではない凡庸な演出家は思ってしまったのだ。

 

誤解のないように言っておくが、私は野田さんが大好きである。私が会場係をやっていたある集まりで、野田夫妻をトイレにお連れしたのが、羽生一生の栄誉と思っているくらいのファンなのである。上京してすぐ、『夢の遊民社』を観たときは本当にうれしかった。今でも尊敬は増すばかりである。

正真正銘の芸術作品だと思っている。

ただなんだかさ、ちょっとばかり引っかかってしまったの。

平田さんの「連帯する」がなければそれほどでもなかったかもね。

| 羽生まゆみ | - | 22:10 | - | -
採火式を見た

春だ。暖かくて素晴らしい日よりである。自転車に乗っていたらドッと幸福感がこみ上げてきた。

疫病による暗い世情に、私たちは意識している以上に痛めつけられているのかもしれない。ちょっとした幸福が心に染みる。

昨日はギリシャでの聖火の採火式に泣きそうになった。

古代風衣装に身を包んだ女優さんがひとしきり長ゼリを喋った後で、一人目のギリシャ人ランナーに火を移す。ひざまずいたその女性ランナーが手にしているのはもちろん東京2020のトーチで、それを目にしたとたん感動のあまり涙がこみ上げてきた。

誰がデザインしたのか知らないが、なんて美しいトーチだろう。ニュースなどで見たとき時に興味も覚えなかったのを申し訳なく思った。ピンク色のトーチが美しくて胸がいっぱいになった。

オリンピックが中止になるかもしれないなんてこと、今は考えたくない。中止になったらなったでそのとき考えればいい。

桜の開花も今年に限っては格別だ。例年テレビで大騒ぎしている開花予想やら開花宣言などを、「ホント鬱陶しい」と思っていたのに、今年は桜の映像に感動する。たった一輪の可憐な姿が胸にこたえるのだ。

 

そんな中で、1組『冬の家(仮)』のホンを書き始めた。

そう、1組2組、同時進行で書くことにしたのだ。

本日書き始めた1組が地中海性気候になってしまったのは、もちろん昨日見た採火式の影響である。ニッポンの中に温暖湿潤な12月が出現した。

 

いつものように、風景はニッポンの中の外国である。お楽しみに。

| 羽生まゆみ | - | 15:17 | - | -
2つ連続

新しい情報がHPに上がったよ。

そう、今回は2作品を連続で上演する。同じ物語をキャストを変えてとかではない。正真正銘、まったく違う作品を創る。

大丈夫かなあ。ホン書けるかなあ。と、心配は尽きないが、私はやるよ。頑張る。陳腐な台詞だが、命を燃やして頑張る。

キャストは、1組がヤングチームで2組がオジサンチームになった。これは別に私がそう振り分けたわけではなく、役者の希望でこうなった。この組み分けはかなり面白い。

役者たちのことはここでもおいおい書いていく。

ちなみにクレジットの順番は1組が若い順。2組が年上から。

2組のEricoが下から2番目でビックリだ。トミーだって若い方だ。小劇場ではありえない座組である。乞うご期待。

 

みんな、私のオファーを快く受けてくれてありがとう。オファー開始から今日まで、役者達の「やる気」が私にたくさんの力をくれた。良いホンを書く。役者が喜ぶような。とにかく今は、それが私の仕事だ。

 

取り急ぎ書き込んだ。

玉組のお客様にまず報告を。

 

 

 

| 羽生まゆみ | 2020玉組会議 | 00:13 | - | -
この頃のこと

買いなおす予定だったノートPCは購入を延期した。調子は悪いがとりあえず生きているし、もうしばらく様子を見ることにした。贅沢が許される身ではないことを突然思い出した。

ホンはデスクトップPCで書いているので、ノートの方が突然つぶれても「ギョエーッ!」とはならないから大丈夫。

デスクトップの方は古くてびっくりのVistaだよ。ネットにはつながっておらずワープロとして使っているだけだから、ストレスがなくて愛着は湧くばかりである。(愛着が湧くのは私の物語がいっぱい詰まっているせいもあるかもしれない。愛する歩太や小雨や八歩が中に居るってこと)

ノートの方は大変申し訳ないがもう一つ愛せない。Outlook開いて大量の受信メール見ただけで(そのほとんどが販促目的メール!)ノートに対して憎しみが湧く。本人には何の罪もないのにね。

ネットに関してはしょっちゅうauサポートセンターのお世話になっている。私もストレスだがセンターだって「またかっ」て感じだろう。

PCは買うのをやめたが、プリンターは買った。年賀状作成以来久々に使おうとしたら「修理に出してください」というエラー表示が出た。あんまりキッパリしているのでこっちも素直に「はい」てな感じだった。故障の悔しさも感じなかったくらいである。突然止まってあたふたすることを考えたら、簡潔な指示に感謝の気持ちでいっぱいだった。

「了解。いっそのこと買い直しちゃいますね。教えてくれてありがとう」

購入したのは修理代より安価なプリンターだったが、帰ってつなげたらコピーやらスキャンやらができるのでびっくりした。最近のプリンターってすごいのね。ちっとも知らなかった。

スマホで撮った写真がそのまま直でプリントできたりもするらしいのだが、面倒だからこれは設定していない。いざとなったら1003号室弟(羽生ノート『大パニック』参照)を呼べばいいやと思ったのである。今や1003号室弟は私のスーパーマンかドラえもんか召使いである。

 

さて、世の中がとんでもないことになっている。

昨日買いたいものがあって薬屋さんに行ったら、トイレットペーパーと箱ティッシュが一つ残らず消えていて、いったい何が起こったかと心臓がドキンとなった。理由はみなさんご存じのとおりである。今日はスーパー西友から、肉のパックが一つ残らず消えていた。これにもビビった。

疫病に限らず危機管理は大丈夫なのかと、このコロナ騒動で初めて日本に疑いを持った。東北の震災の時でさえ思わなかったのに。こういう場合はこうするといった計画がきちんとできていないことに驚く。

ただ、こうして政府を批判をすることはたやすい。今は批判のための批判で、指揮執る者の手足をもいではいけないような気もするのだ。決意と判断することを、怯ませてはならない。正しい判断に、私たちの命運がかかっているのだから。

 

日本の底力を、信じている。

| 羽生まゆみ | - | 23:28 | - | -
考慮せねば

前回の書き込みで衣装を美しくしたいなどと言ったばかりだか、今回の芝居では衣装替えがあまりできないということを思い出した。楽屋がせまい上に、なんと舞台袖が無いのだ。舞台から引っ込むと、そこはいきなり楽屋である。

舞台関係者以外のお客様にご説明申し上げると、舞台袖とは舞台の左右に存在する、客席からは見えないスペースのことである。登場前の役者はここで出番を待つし、舞台監督が居るし、小道具が並べられたりしている。役者が舞台上からスタンドマイクを持って飛び込んで、袖でスタンバっている誰かにポイと渡して再び舞台に戻る。そんな場所である。

楽屋に戻っている暇のない超特急の早替えもここで行われる。Ericoは着物の早替えが必ずあるので、いつもいっちゃんいい場所にEricoの専属スペースが設けられる。悩ましい赤い襦袢がぶら下がっていたりするが誰も気にしない。

袖とは、つまり芝居を打つ上でとっても役立つ便利な場所なのだ。今回はこの便利な場所が無いことを、脚本を書く段階から考慮に入れておかなければならないだろう。

いつもは早替えの考慮なんかしたことがない。どうしたって間に合うわけがないと思われるようなシーンに早替えをぶっこんでも、稽古と工夫と精神論で乗り切ってきた。

あまり大きな声では言えないが、早替えについては今回年配の役者がそこそこ居るので、これも考慮しなくてはならない。テキパキ動けないと思う。(私がこんなことをここに書いていることはもちろんオジサンたちにはナイショである。絶対チクったらダメだからね。)

しかしエバって考慮考慮と言っているが、たぶん誰も信じていないと思う。とくにEricoはこれを読んで「チッ」と舌打ちしたに違いない。考慮に関しては信用度ゼロなのである。

実際、今すでに5ページほど書いてみたわけだけれど、考慮が存在するかと問われれば答えに窮する。

芝居はいきなり歌で始まる。ト書きに、「歌う」とか「歌い終わる」とか書いてある。私は舞台を頭に描いて書くので歌のシーンがはっきり見えている。しかし歌い終わった後、マイクスタンドがどこへいくのか、そのあたりはボヤボヤである。

まあ誰かがなんとかするだろう。

 

5ページから進んではいない。しかし芝居のことはいつも考えている。何かを思いついたり、思いつたものが消えたりを繰り返しているのだ。今はそんな日々である。

昨夜も思いつきで麻理枝にメールした。

「某ミュージカルのPVの冒頭で大勢がちょびっとだけ歌っているやつと、ダレソレがちょびっとだけ歌っているやつの曲名を調べてほしい」

両曲ともちょびっとだけである。自力でなんとかしようとしたがダメだった。

10分後に「動画見つけました」のメールがきて、その10分後に曲名が来た。なんと優秀な演助だ。「私は蜷川幸雄かいっ」と思った。

 

ねっ、誰かが何とかするでしょ? 私の言うとおりである。

| 羽生まゆみ | 2020玉組会議 | 20:03 | - | -
春につき、新タマ食べた

2月だというのにもはや春の気候である。暖かい。

これがこのまま続くわけはない。きっとまた寒波がくる。と、ガッカリ度合を軽めにするためしっかり自分に言い聞かせる私であった。私は何においても前向きには考えられない性質である。悪い方悪い方に考えて安心する。これが私の人生に幸せが来ない最も大きな要因だとわかっているが仕方がない。

暖かくなると俄然テンションが上がってくる。この冬は玉組会議が発足して忙しかったから、あっという間に乗り切った感がある。良かった良かった。冬は嫌いだ。ヒートテックの発明で信じられないくらい冬が楽になったが、それでも寒いのが本当に苦手である。

なのにしょっちゅう冬のお話を書いている気がするなあ。登場人物がいつもマフラーを巻いてコートを着ている。気のせい?

春が近いから八百屋さんに行くのが楽しい。ここのところ新タマネギと新ジャガを食べ続けている。高級オリーブオイル(お誕生日にKAZUHOにもらった!)と岩塩ふりかけて食べたら絶品でやめられなくなった。タマネギは丸ごとレンジでチン。ジャガイモも皮つきのまま丸ごと蒸かす。新がつくものはこれに尽きる。「丸ごと」と「チン」。小さな新ジャガは見た目も好き。可愛い。春はいいなあ。

 

ホンを5ページくらい書いてみた。上記のようにまた冬のお話である。トミーやソニーが「寒っ」とか言っている。暖まるために酒も飲んでいる。(おっと、この二人はすでに発表しちゃってるからいいんだよね? もうとっくに口滑らせてるもん。)

まだ本当に仮である。すっかり書き直す可能性がある。だから二人とも「げっ、冒頭から出るんかい」と緊張する必要はない。ま、緊張するような二人でもないけど念のために言っておく。(仮だ仮だと念を押すのがそろそろ面倒になったきた。もういいか。みなさん、ここに書く芝居の内容は仮であることをくれぐれも忘れないでね。)

場所を半地下にするつもりだったがあっさり捨てた。これはアカデミー賞映画の登場人物たちが半地下に住んでいる設定だと聞いたせいもある。あっちがアカデミー賞なのにこっちが無理に半地下にする必要はない。1階でよい。1階で、お金に困っていない人たちがわあわあ騒ぐ物語だ。つまりいつもどおりである。

私の芝居の登場人物たちが毎回お金に困っていない設定なのは、舞台美術と衣装を美しくしたいからである。劇団をあげた時に宣言したとおり、私は小劇場の「暗い、汚い、貧乏臭い」というイメージを私の劇団では覆したかった。役者たちは皆、現実の世界ではアルバイトに追われる貧乏人だが、物語の世界ではお金の心配など微塵もない、優雅な人たちであってほしかった。

今もそれは変わらない。優雅であること、背中が伸びていること。比喩的においても、また視覚的においてもだ。

美しい芝居を創りたい。

今回セットは組めないけど、照明も伸一郎じゃないけど、でも舞台はきっと美しいと信じる。いつもどおりに。

 

春だ。幸せは来なくていいから、ストーリーは降りて来ますように。役者たちが元気で初読みを迎えられますように。コロナで降板なんてことになりませんように。

公演が終わるまで私がシャキッと生きていますように。

| 羽生まゆみ | 2020玉組会議 | 22:33 | - | -
プロのお仕事

まーたやっちまった。リュックを電車の棚に置いたまま降りてしまい、なんと15分も気づかなかった。新宿からとことこ歩いていたのだが、地下道から新宿2丁目に上がったところで「へ?」となった。

しかし15分も経過しているとかえって慌てないね。電車はとっくに発車しているから戻る気がしない。そのまま喫茶店に入って休憩することにした。ゆっくり考えよう。

前回やっちまったときはリュックに財布もケイタイも入っていて、文庫本だけ手にして降りた。(当時はまだ脳がテレビにやられていなかったので、電車の中では読書をしていた。テレビ脳になっている現在はスマホでエンタメニュースを観ている。)

あの時はかなり慌てまくった。何もないのに本だけ持っている姿の心細さったらなかった。その本を仕舞う場所もないのだから。

今回は違う。貴重品その他の入った小さな手提げカバンを持っている。お金とスマホがあればなんとかなる。喫茶店に入り、いったいリュックに何が入っていたかを思いだそうとした。ボクシングの練習着一揃いであることはわかっている。

大丈夫。失くせばもったいないけど、歯ぎしりしてまで悔しがるようなウェアは入っていない。ボクシンググローブが入っていたら歯ぎしり度はぐわーんとアップするが、幸いこれはジムのロッカーに置きっぱだ。あー良かった。

落ち着いてスマホ検索。教えてくれた電話番号に電話をした。スマホを使いこなせている私がステキ。見つかるという自信もあった。前回ちゃんと取り戻せたし。

ところがダメだった。全部の駅を調べたが見つからないと言う。ががーん。

私は訊いた。

「じゃあこのあとどうしたらいいでしょう? 時間をおいてまたそちらに電話すればいいですか?」

電話の相手はちょびっと不機嫌だ。

「そうですね、このあと届くこともありますし」

「じゃあそうします」

「・・・・・・」

なーんか感じが悪い。

「あの・・・・・・電話しますね」

ともういっぺん言った。すると、

「今度電話するときは忘れ物センターにしてくれますか」

はい?

「ここは忙しいのでなかなか電話がつながりませんよ」

「あのォ・・・・・・そこはいったいどこですか?」

「新宿駅です」

「・・・・・・」

どこでどう間違ったのかわからん。新宿駅じゃダメなの? でも疲れたからもうどうでもいい。考えたくない。

1時間近く休憩を入れてからやっと忘れ物センターに電話した。どうせ見つからないと思っていたし。

案の定、各駅を調べてくれたがやっぱり見つからなかった。お礼を言って電話を切ろうとしたら、

「乗っていた電車を追いかけてみましょう」

「え?」

新宿駅とは違い、さすがに忘れ物センターは違う。忘れ物に注力している。ちょっとやそっとじゃあきらめないぞ感がひしひしと伝わってきた。

「何時発の電車に乗っていたかわかりますか?」

もちろんだ。それはさっきスマホの『駅探』を使って調べてある。新宿駅さんは訊いてもくれなかったが。

「何両目に乗っていたか覚えていますか?」

おおっ、それも珍しくはっきりしている。

「先頭車両の一番後ろ。リュックは進行方向右側のシルバーシート上の棚に置きました」

「わかりましたっ」

センターさん、「そこまではっきりしているのか!」と感動ひとしおの声音である。やる気満々とみた。

私は電話番号を伝えて結果をまった。

 

ほどなく電話があった。

リュックはあった。新百合ヶ丘で見つけてくれた。プ、プロだ!

私の水色のリュックは小田急線に乗ったまま、あっちへ行きこっちへ戻りを繰り返していたわけだ。

ありがとう、忘れ物センター。困ったときは専門家に助けを求めるのが一番。新宿駅は忙しい。スマホにしっかとセンターの電話番号を登録した。

 

3回目が、たぶんあるから。

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