羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
あの道この道

8月は、ミケのライブとEricoの芝居とゴローの落語、加えて映画を四本観るという、私にはめずらしく活動的な日々であった。

私の役者達はみんな頑張っているなあ。私なんぞダラダラしまくりである。

ゴローの独演会にはEricoとクマと三人で行った。この頃再会したクマは、先だっての羽生ノートに書いたようにゴローと『覇王伝』で共演している。誘ったら来てくれた。ちなみに『覇王伝』の主役である千歳は誘っても来なかった。

いやあ、ゴローはたいしたもんだね。私のまわりはファンのおばさまたちでいっぱいだった。

「上手よねえ」

「精進していらっしゃるから」

幕間でのおばさま方のお喋りが私の耳にはたいへん心地よかった。「昔はね、私の弟子だったんだから」と、なにも教えていないのに自慢したかった。オリンピック選手が3歳の頃に通っていたスイミングスクールの先生と同じ。ありがちなパターンである。

まったくだ。なにも教えていない。「普通に歩け」とか「もっとリラックスして歩けないの? あなたはロボットですか」とか、よりによって落語家にはほとんど必要のないことばっかダメ出ししていた。一番恥ずかしいのが社交ダンスを習わせたことだ。こんなことなら日舞か太鼓でもやらせておくんだった。本当に申し訳なかった。

 

同行のEricoは二日前に舞台が終わったばかりで、夏枯れの草みたいに干からびていた。

公演の中日に役者が降板したとかで公演期間中は怒りまくっていたが、千秋楽から二日たった今ではすっかりウェットになっていて、「みんないい子たちだった‥‥」などとしみじみモードにスイッチが切り替わっていた。なんだかんだ言いながら楽しかったのだろう。

中日に役者が降板するとは、考えたくもない恐ろしい出来事である。幸い演出の寺本さんが現役の役者さんなのでホンを持って代役に立ったが、私にはとてもできない芸当だ。

『サンタクロース〜』で私がEricoの代わりにホンを持って立って、「粉雪はさらさらと‥‥さらさらと降りしきり振り積もり‥‥」などと喋ったら客席から失笑が漏れるだろう。誇り高い私はすぐさまホンを舞台に叩きつけ、そのままEricoを殺しに劇場を飛び出したに違いない。

Erico、お疲れ様。早く潤えよ。

 

ミケは音楽活動に再び力を入れている。毎回ライブハウスの客席で、私はミケと過ごした日々を懐かしみながら涙ぐんでいる。美しいミケ、ミケは私のところに少し寄り道して、そしてまた本来の道に戻ったんだなと思う。

逆の意味で、Ericoは本来の道から脇道へぴょんぴょん跳ねて行き、さんざん遊んだあげくまた小劇場に、私のところへ戻ってきたのだ。

私が観劇した日の夜に電話があった。明日は楽日だというのに2時間近く喋っただろうか。長々と喋ったあと、最後にEricoは私に訊いた。

「何かないですか。もうやれることは他にないですか」

懐かしい台詞だ。客演した舞台を観た私に、Ericoが必ず吐く台詞である。訊かずにはいられないのだろう。私は、Ericoの、演出家だ。

 

ゴローはいくつかの道から行き先の見える道をしっかり選び、一歩一歩、歩み続けている。

私自身は一本の道しか知らなかったが、途中で右か左に曲がっていたら、とっても幸せになっていたんじゃないかと、しょっちゅう思う。

 

| 羽生まゆみ | - | 23:03 | - | -
着想

お馴染みHIROくんがBBSに『狐の姫〜』と『サンタクロース〜』のDVDのことを書いていた。ここのところ「狐庵」に滞在していたが昨日から「アイビーハウス」に下宿しているとのこと。笑った。滞在に下宿かあ。そして焼酎3本とお香。お見事な情景描写だ。

そして、私だったらどこのお家に行きたいかなあと考えた。

カボチャ畑を見下ろす農家(『パンプキン通り、午前2時』)も捨てきれないが、一つを選ぶとしたらやっぱり湖のほとりにある内藤家のお屋敷(『いななきの森』)である。私は東京からの旅行者で、内藤邸に幾晩か泊めてもらいたい。つまり真貴が演じた跳子の設定だ。

あの一家が好きだ。今、長男の朝陽と三男の晩、そして末っ子の真昼はどうなっているのだろうと考える。真昼は無事大学に入ったのだろうか? 今や村の顔役となった朝陽は村長目指して暗躍していそうだし、晩は働き者のお嫁さんと一緒に牧場を大きくしている気がする。鼓太郎は獣医さんになって村に戻っているし、家政婦の砂子は内藤家の幼い子供たち(朝陽や晩の子ども)に、大いなる愛を注ぎまくっているに違いない。私に、エピローグの照明が落ちたあとの物語をこれほど想像させてしまう自作品は他にない。

そうなのだ、お芝居が終わってから長い月日がたっても、作品を忘れることはない。演じた役者はもちろんご覧になったお客様の胸にも、内藤家のかけらがちょびっとでもいいから残っているといいなと願う。

それが作者の思いである。

 

で、映画の盗作騒動だ。

そんなことが騒ぎになっているのは知っていたが特段興味もなかったから流していた。

ところがその騒動の元が小劇場の芝居だと知って考察しないわけにはいかなくなった。取り敢えず詳細を知るべく、情報番組をじっくり観た。(私が観た番組は一つだけだったので詳細とはゆかず、おおまかな情報による考察であるから、勘違いが入っていたらごめんなさい。)

その番組の雰囲気では、あきらかに「小劇場不利」であった。要は「最初は映画化を喜んでいたくせに、ヒットしたとたん盗作と騒ぐのは違うんじゃないの?」というご意見である。やんわりとではあったが「お金目当て」と言いたいらしかった。

監督は、その小劇場作品を観たことは認めている。ただ、着想を得ただけで映画作品はオリジナルストーリーであると言っている。

でもさ、私は思うのよ。そのお芝居のおかげで作品を創れたのなら、その作品に敬意を払うべきなんじゃないかなって。どうしてクレジットに作者の名前を入れてあげなかったのだろう。原案か原作で権利(お金)がずい分違うらしいけど、先に監督が「クレジットはどうしましょ? ストーリーはだいぶ違うものになっているんだけど」と訊いておけば、演出家の方は「原案でいいよ」と言ったかもしれないと思うのだ。私なら言うね。

最初はどちらもこんなにヒットするとは夢にも思わなかったのだろう。劇団の方は映画化してもらえるだけで嬉しかったし、監督の方はできたらオリジナルと周囲に思ってもらいたいので、うやむや大作戦を敢行すべくクレジットを入れなかったのだと思う。

たぶん演出家が負けるね。そんな雰囲気だ。お金目当てなのかそうじゃないのかわからない。お金目当てなのかもしれない。しかしこの「着想」が許されるなら、小劇場のホンは自由自在に使い放題ということになる。

お金がどーたらは関係がない。「お行儀」の問題だ。「着想」をいただいたのならありがたいでしょーよ。挨拶はどうした。ナメてんじゃねーよということだ。

 

ある村に養鶏場を営む4姉妹が居て、その中の一人が鶏の化身だったという映画が公開されたとき、それを「『いななきの森』の盗作だ」とわめく勇気は私にはないな。(麻理枝とEricoはわめくだろうけど。)着想してくれただけでありがたいと思ってしまいそうだ。

 

というわけで、私のホンは着想し放題である。

| 羽生まゆみ | - | 16:10 | - | -
日出町

山で迷子になった2才の男の子を、78才の一般人が助けた。クロートがドローンまで飛ばして見つけられなかったのに、シロートのじいちゃんが20分で見つけてしまったよ。警察は立つ瀬がなくて困っただろう。

面白いキャラクターと相俟ってTVに引っ張りだこである。大分は日出町の人というので、私の田舎者気質がむくむくと頭をもたげて、親戚でもないのに「どうよっ」てな気分になった。

この、親戚でもないのに「どうよっ」は田舎の人間にありがちなカッコ悪い郷土愛で、例えばせんだって長崎に行ったときなども、タクシーに乗るたびに運転手さんから「この先に福山雅治の実家がある」と説明されて返答に困ったものだ。運転手さん一人残らず「福山雅治」を口にした。100%の親戚率であった。そんなわけで、ここのところ多くの大分県民が「どうよっ」になっているのは間違いない。

郷土愛がどんどん薄れている私が久し振りに郷愁を覚えたのは、この人の「日出のおいちゃん」らしい雰囲気にほんわか胸打たれたからだと思う。私の大好きな伯父たち「別府のおいちゃん」と面影が重なる。

ちなみに日出町は、平成の大合併のさいに合併を拒否して日出町(ひじまち)という美しい名前を残した気概のある町である。大分市から海岸沿いを北へ、大分空港に向かう途中にある。大分→別府→日出→杵築→国東(空港)の順番だ。

なるほど、私の郷愁はやはり日出町と関係している。帰省のたびに、亡くなった父が必ず空港まで車で送迎してくれたからね。途中、日出町で『城下カレイ』をちょいちょい食べさせてもらった思い出がある。(高価すぎて私ごときには手が出せないナマイキな魚だ。)

 

なぜか話が日出町のことになった。

普段は故郷のことなど忘れているが、こんなことを書いていると急に恋しくなる。

良い観光地も少しはある。私は湯布院や別府より日田がおすすめ。川のある町が好き。川端にある古い街並み(豆田町)は一見の価値があるし、近くに小鹿田焼(おんだやき)という陶芸の里もある。

小鹿田の陶芸は300年の歴史を数え、10軒の窯元はみんなこの開窯のときの子孫である。一子相伝の決まりがあって、長子だけに技術が伝えられてきたという、うなぎのタレみたいな焼き物なのである。

東京のショップでもちょいちょい見かけるけれど、陶器市などが終わった時季はずれに直接出かけて、窯元の庭先に打ち捨てられたように並んだ器の中から掘り出し物を見つけるのが楽しい。私もそうやって見つけた器を大事に使っている。

 

今日は大分観光大使になってしまった。

| 羽生まゆみ | - | 00:07 | - | -
居直りたくはない

剛力ちゃんのブログ(インスタ? 違いがよくわかっていないのでゴメン。)が、あーだこーだと言われているようだ。

批判に対しては「自分のブログに何を書いてもご勝手次第だろ」「嫌なら読むな」なんていう至極当然の擁護発言があったりで大変おやかましいことになっている。

そう、何を書いてもいいのだ。恋をすればのろけたいし、美人さんは自分の写真を載っけたいし、悲しいことがあったら自己陶酔型抽象文をダラダラ書き連ねたい。それが人ってもんだ。ただしそれをやると知性や品性が欠落しているように見えるから、そう思われたくなかったら気を付けてねって、ただそれだけのハナシである。

私だって本当は自分の前鋸筋や広背筋の写真を、バカと思われてもいいからアップしたいと思うことしばしばなのである。羽生ノートが玉組を背負っていない私的ブログなら、ここがどうなっていたか自信ないね。

 

他人の自慢話なんてあんまり読みたくもないけどそこは芸能人で、どんなばかばかしい文章でもナルシスト写真でも、ファンなら喜んでくれる。

私も眦沈酩屋のお相撲さんたちが毎日交替で書くブログを、「『頑張ります』だけじゃなくてもうちっとマシなこと書けないのかよっ」と文句を言いながらも、一度開くと永遠に読み続けてしまう。お誕生日ケーキを抱えてにっこりしているお相撲さんの写真につい見入ってしまうのだ。そんなもんだ。

ローラのお尻も見飽きない。新しいお尻、早くアップしてくれないかなあと思う。

逆の意味で、知人のブログはいっさい開かない。そこに万が一知人のお尻が掲載されていたらギョーテンしてしまうし、自己陶酔型抽象文を読んで「これはもしかして私のことだろうか? 私、彼女に何か悲しい思いをさせたかしら?」などとクヨクヨするのも嫌だからである。

 

羽生ノートも、あまり上手に書けなくなっていることを自覚している。お芝居、やっていないからかなあ。「玉組背負って」どころか、まるっきり素人さんのブログだよ。

夏が終わるころにはシャキッとして、切れ味の良い文章を書いていよう。ダラダラしている「気持ち」と「身体」の問題だと思う。シャキッとしなくてはいかんね。

少なくとも私自身は、品性の欠けることを書いて「ご勝手次第」と居直りたくはない。そこはホン書きとしての誇りを、ちょびっとくらいは持ちたいものだと願う。

 

| 羽生まゆみ | - | 18:02 | - | -
転生

オウムの死刑確定者全員が処刑された。なんだかぽわんと虚無がおそってくるな。私は被害者でも関係者でもないのにこれだから、被害者遺族の心持ちは推して知るべしである。

私は主義とは関係なく、つまり死刑廃止論がどーたらこーたらとは関係なく、麻原以外は無期懲役でよいのではないかと思ってきた。(新実と土谷と岡崎は少しぶれるが。むつかしい。)

頭のおかしい詐欺師ジジイの道連れになって死ななければならなかった若いもん(今は50代のオジサンたちになってしまったけれど)が気の毒で仕方ない。麻原にマインドコントロールや洗脳されなければ犯罪とは無縁だったであろう、むしろ心の純粋な若者達だったのだ。

 

もっとも例外は新実と岡崎で、彼らはオウムじゃなくてもなーんかやらかしたような気がする。私の勝手な憶測だけど。

新実は殺人を楽しむサディストなんじゃないかと私には思えるし、岡崎はそもそもマインドコントロール下におかれていたのかと疑っている。(岡崎は坂元一家殺人をネタに麻原を恐喝して、800万くらい巻き上げたからね。1000万要求したのだが麻原が値切った。小さい、小さすぎる! 何をやっておるのだと力が抜ける。)

 

このたびの処刑に関してはいろんなことが言われている。

私がひっかかるのは、「事件の真相が解明されないまま全員が死刑になった。これで真相は永久に闇に葬られた」といった論調である。

真相は解明されている。この長い時間をかけた裁判で解明されていない真相はない。地下鉄サリンも、松本サリンも、坂本一家殺人も、落田さん殺人も、動機はすべて明らかになっているし、どういう風に殺されたのかも解明できている。

今回処刑された人たちのうち、麻原、新実、土谷、遠藤、横山以外は、法廷で真摯に証言している。井上なんぞ喋り過ぎていたくらいだ。

証言によって事件の真相もさることながら、犯人たちの心の中も解明できている。

確かに新実、土谷、遠藤、横山はマインドコントロールが最後まで解けなかった。(土谷はあと一歩のところだったらしいが。)それでも彼らの心の中を解明できなかったわけではない。横山以外は真摯とは言い難くともよく喋ってはいる。だからそのバカタレな言動から心の中を推し量ることはできた。

新実や土谷の証言なんぞまったくもって法廷を愚弄したもので、粗悪な人間性がよくわかる。

横山があまり喋らなかったのは、頭がいつもボンヤリしているからで、この人も私にはたいへん気の毒な人の一人である。

遠藤はオウムの中ではエバっていたくせに、裁判では自分を小さく見せようとするなど、性格が卑怯者だ。(遺体引き取りはアレフを指名した。ご両親はどんな気持ちだろう。)

「真相が解明されないまま」などと書いている記者さんは、おおかた裁判の傍聴もしていなければ、たくさん出版されている傍聴記を読んでもいないのだろう。真相が具体的に何を指すのか、自分でもわかっていないまま書いているのだと思う。

『オウム法廷』(降幡賢一)を読むといい。犯罪者となったオウム主要信者の一審が、罪状認否から判決に至るまですべてわかる。法廷でのやり取りはもちろん、冒頭陳述や弁論や判決文等の文章(要旨)を読むことができる。

よく知りもしないくせに「真相が解明されないまま」などと書く人が居て、それを信じてしまう世間がある。こうして世論が作られるのはオウムに限ったことではなく、恐いと思う。

 

処刑された12人の若者(当時のね)の冥福を祈りたい。

彼らが信じ、信じたゆえに犯罪者となった「転生」というものが本当にあったのかなかったのか、彼らの口から直接聞いてみたい気がする。合掌。

| 羽生まゆみ | - | 00:17 | - | -
桃と刺青

この頃、バスツアーに参加している。イチゴ狩りやらブドウ狩りやらをこれで経験した。

この度はモモ狩りである。狩りもさることながら、バス車内の空気感が楽しい。サービスエリアも好きである。トイレ休憩はかなりテンションが上がる。20分という限られた時間を隙なく有意義に使い切りたいと頑張ってしまうね。最後にソフトクリームを買ってバスへ戻る。

参加者の平均年齢やら男女比やらは、もちろん参加するツアーの種類によって違いが出る。山歩きなどはぐっと年齢が上がり、オジサマ達の参加が多くなるし、花園系は若いカップルの参加があって微笑ましい。

今回はビミョーな年齢の男子三人組が参加していて少し驚いた。めったにないというか、初のパターンである。なぜ私の興味を引いたかというと、なにしろ見た目が恐い。1人目はガタイがよくて格闘家の風貌。短髪で派手なピアスを装着している。2人目は外国のサッカー選手みたいに両腕にびっちり彫モノが入っていた。指輪を8個くらいはめている。残る3人目だけは細身だったが、それでもなーんか不気味というか、妙なオーラがあった。吟遊詩人に違いない。

3人とも30代後半といったところか。都会の片隅の「小洒落ているけどイケナイトコロ」でクスリやっている姿はイメージできても、桃をちぎっている姿は想像できない。どうして桃なんだ、と私は思った。

もしかしたら桃が大好きなのかもしれない。しかしなぜオバチャマが圧倒的多数を占めるバスツアーなんだろう。妙齢の男子が三人寄って、三人とも運転免許証を持っていないということがあるだろうか。大きなガタイを窮屈なバスの座席に押し込んで、三人は静かにおしゃべりしていた。ツアーを心から楽しんでいるように見えた。

私はずっと観察していたわけだけれど、彼らの一挙手一投足が微笑ましかった。「彼らはいい子たちだ。大変お行儀が良い」と思った。

たとえば、三人の席は前の方だったのだが、バスを降りるときは他の人たちを通してから最後に降りていた。

また、バスの中や団体行動のときは長袖の上着を羽織って刺青が見えないよう配慮していた。(私も自由行動のときに初めて見つけた。Tシャツ姿になっていたのだ。まさか私に観察されているとも夢にも思っていなかったのだろう。)

一番感心したのはビュッフェ形式の昼食の時だった。私がポケッとしていて格闘家さんの前を割り込んでしまい、

「あっ、ごめんね」

私があやまると彼はにっこり微笑んで言った。

「いいんですよ。ゆっくり選んでください」

驚いたね。こういうとき「いいんですよ」は言えても、「ゆっくり選んでください」なんて台詞は若い男の子の口からなかなか出るもんじゃない。

桃畑に到着すると、三人ともいきなり携帯を頭上に掲げて写真を撮りはじめた。インスタ用だろうか。それとも思い出の一枚? どちらにしろやっぱり桃が大好きなのだと思った。

ちぎってよいのは2個である。私なんぞどれでもいいやととりあえず手の届くやつをちょいちょいとちぎったが、三人は脚立を運んできて厳選の桃をちぎっていた。脚立に登った刺青さんは、松本伸一郎が照明を吊るときみたいにかっこ良かった。

 

冷えた桃を食べながら、もう二度と会うこともない彼ら三人のことを思い出している。目いっぱい楽しんでいたなあと、なんだか心があったかくなるのは、桃畑の中の刺青がファンタジーだったからだと思う。

 

| 羽生まゆみ | - | 22:43 | - | -
Tシャツと短パン(体幹トレ日記96)

スタジオの更衣室でリュックを開けてびっくり。なんとお稽古着が丸ごと一式入っていなかった。おうちに置いてきちゃったらしい。

いったいこのリュックの重たさは何だったのか。ほーんと不思議。小人さんが二人ばかり入っていたのかも。もう消えちゃった。残念。

などと、お得意のファンタジー系空想癖に浸っている場合ではない。ひとりぼっちの更衣室で、自分のボケっぷりにびびった。

お稽古着は毎回、トレ日の前夜に準備する。布袋にウエアやパンツを「イチ、ニ、サン……」と数えながら入れていき、それをリュックに突っ込む。6個数えればOK。ウエア、パンツ、スポブラ、5本指ソックス、膝サポーター、グローブの厳選6品である。(シューズはスタジオに置きっぱ。)

告白すると、5まで数えて「あと1つはなんだっけ?」と考え込むことがよくある。

「グローブだ! あぶねーあぶねー」

てな感じで大騒ぎである。

それにしてもごっそり全部忘れてしまったのは初めてだ。すっかり入れたと思い込んでいたのだが、どやらイメージだけだったらしい。

お稽古着を忘れるなんて言語道断。ここで思い出されるのが、お稽古着を忘れて私に苛められた優太のことである。この一件、優太にだけは知られたくないと思った。しかし心配するな優太、私もトレーナーにたっぷり苛められたから。

 

スタジオで借りたTシャツと短パンとソックスを身に付けてモヒカントレーナーの前に出た。

トレーナーは開口一番、

「ダッセー!」

まったくだ。サイズがまったく合っていないうえに、短パンからむき出し状態のむっちり太ももと、年齢が容赦なく現れる膝が寂しい。鏡に映った自分の哀れな姿が信じられない。屈辱的だ。

トレーナーにはもう一回、「ダッセー」と言われた。

かろうじて言い返した。

「そんなことはない。私はなにを着てもかわいい」

思ったよりものすごく声が小さかった。

「着替えを忘れるなんてヤル気がまったく感じられない」

チクショ、ヤル気満々で来たのに。最近またやらせてもらえるようになったベンチのイメトレだってやってきたぞ。イメトレだけで筋肉痛になったくらいだ。

「サポーターも忘れたの?」

「うん。忘れた」

モヒカントレーナーは呆れたように言った。

「じゃあできないね。今日は軽くやってオワリ」

さすがに私もその方がよかった。こんなカッコじゃテンションも上がらない。

ミット打ちとプッシュアップとストレッチを、悪態に耐えながらやり抜いた。軽くったって汗びっしょりだ。

「ウエアはタオルと一緒にカゴの中に入れておいて」

気ィ遣いの私は汗だらけの服を洗濯させるのは申し訳ないなあと思い、

「洗濯してこなくていいの?」

と言った。

突然、頭ごなしに怒鳴られた。

「明後日使うんだよっ!!」

な、な、なんだ、その言い方。どうやら私の、気ィ遣ってますよアピールが気に入らなかったらしい。無駄にアピールして俺に同じことを二度言わせるなってことだ。頭にきた。Tシャツも短パンもその場で脱いで、バシッと床に投げ捨ててやりたいところだったがかろうじてこらえた。

アピールだろうがなんだろうが気を遣っていることに嘘はない。心映えの良さをほめてもらっても非難される覚えはない。

 

こうして3回に1回は頭がバクハツしながら(むこうはほぼ毎回)、私のトレーニングの日々は続くのであった。

やれやれ。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 22:05 | - | -
『覇王伝』の役者

Ericoから電話があった。なんと、大熊誠一郎とお茶をしているという。

「すぐ行く」

クマは『覇王伝』で知り合った役者である。カラミの一人として参加した。私の場合男優は顔の良い順にお気に入りになっていくので、その定義でいくとクマは第1位であった。

あの時のカラミメンバーは見た目も剣の腕も演技力も高レベルだったので、お気に入り満載だった。その中の1番なのだからたいしたものである。

お気に入りだったから『サンタクロースイントーキョー』の初演で夏生役をやるはずだった。さあこれから本格的にダメ出しだという頃になって降板した。(私のせいじゃないぞ。バカ匡人のせいに違いない。)

というわけで、初演の「悔い」の一つがそれである。あの時クマとイサムのコンビで『サンタクロース〜』をやっていたらどんな作品になっていただろうと思わないではいられなかった。『サンタクロース〜』のことを考えるたびに繰り返し思っていた。

 

久方ぶりに会ったクマはたくましくなっていた。約13年振りの再会。あの頃は少しひ弱な雰囲気があったが、そんなものは微塵もなかった。

そして当たり前だが大人にもなっていた。

私は恐る恐る「抱きしめていい?」と訊いた。

一瞬の間を置いてから、クマは自分の方から歩み出て私を優しく抱きしめてくれた。ああ、大人だと思った。これよこれこれ、男子はこうでなくっちゃ。大人になったのね、クマ。

演劇は今も続けている。作・演出だと言う。役者もやっている。すばらしい。

『覇王伝』出演者との再会が続いている。千歳もゴローもクマも、刀を手に舞台を颯爽と駆け抜けていた。この三人は私がずっと後悔を抱えていた役者たちだったので、生きているうちに再会が叶ってよかった。

後悔を抱えている役者は他にも居る。再会、できたらいいけど無理だろうな。

 

『サンタクロース〜』といえば、捨てるはずだったツリーを再びしまいこんだ。昨日のことだ。多摩市の粗大ゴミ係への電話をためらっているうちに5ヶ月も出しっぱなしになっていた。粗大ゴミ係への電話なんて1分で終わるのに、「電話をかける」という行為がどうしてもためわれる。なぜこんな簡単なことができないのか。頭か心に何かしら病があるに違いない。

ツリーを捨てられなかったもう一つの理由は、これが二宮まちゃ嬢の思い出に繋がるからかもしれない。公演のためにまちゃが確保したツリーなのだ。最近用事があってEricoからまちゃに連絡を取ってもらった。私のお願いをまちゃは快く了解してくれた。そんなこともあって、この頃よくまちゃのことを思い出す。

まちゃも後悔組の一人である。そして『覇王伝』の出演者だ。

舞台上に設けられたあの恐ろしく急な階段を、這うようによじ登っていた姿を思い出して泣きそうになる。

 

| 羽生まゆみ | - | 23:20 | - | -
藁をもすがってリョウシンJV

今日は久方ぶりの書き込み。稽古場から遠ざかっているとまるでやる気が起こらん。

この期間何をしていたかとゆーと、演劇のことなんかまるで考えていなかったことだけは確かである。

大分に帰って母と長崎に出かけたり、坐骨神経症と戦ったり、ライバル(オーナー)とプッシュアップ競争をしたり、ずんばを再開し、お習字もやって、最近はサッカーとテニスをTVで観るのに忙しい。

どれも楽しい。坐骨神経症でさえね。戦うのが好きなのだ。戦う相手がはっきりしていて、戦う方法のある戦いはやりがいがあるというものだ。  

 

その坐骨神経症だが、始まったときと同じく突然終わった。突然始まり突然終わったのだ。相変わらず走ると右足が重たくなったり、何もしなくても痺れを感じたりはするが、とりあえず朝目覚めたときに痛くて立ち上がれないなんてことはなくなった。産まれたてのバンビ状態からは抜け出せた。

しかしいったい何が効いたのかがわからない。薬だシップだ腹筋トレだと、激しく戦ったからね。

富山の常備薬リョウシンJV錠のおかげだろうか? TVでCM打ちまくっている例のアレである。

「キミエホワイト」なるシミの薬も売っている。CMで「シミに悩んでいた母親のために開発した」などと胡散臭いことを言っていたから鼻で笑っていたのに、いざ自分の体調が悪くなると目につくものはとりあえず飛びついちゃうね。まんまとやられた感は否めない。

送られてきた薬の瓶を持って懇意の薬局へ行った。

「これ、大丈夫かしら?」

成分をチェックした薬剤師さんはあっさり言った。

「大丈夫です。ビタミンですから」

私は少しむっとして、

「でもこれサプリじゃなくて医薬品だよ」

「はい。でもビタミンだから」

「ふーん」

そっか、ビタミンか。まあいいや、ビタミンで痛みが治まるならそれに越したことはない。治まらなくったって、お肌はきれいになる。つまりサプリに近い医薬品ということなのだろう。

上記に書いたように痛みは治まった。そしてそれがリョウシンのおかげなのかわからないところに私の悩みはあった。2本目を発注するかどうか。しかし2本目からお値段はいきなり倍になる。サプリや育毛剤やらのTVショッピングが使う例のテである。初回を餌にして魚を釣る手法だ。

まんまと釣られるのは口惜しいぞ。さてさて悩みは深い。

 

とりあえず、腹筋トレを頑張ろう。腹筋が弱いと腰痛になるんだってさ。

 

| 羽生まゆみ | - | 18:06 | - | -
8年

テレビが壊れた。びっくりした。なんの徴候もなく突然死んだ。

ついさっきまで元気に働いていたのに、一度切って30分後に電源を入れたらすでにお亡くなりになっていた。音も画像もなく、電源マークが赤い点滅を繰り返すだけ。赤‥赤‥‥赤‥赤‥‥赤‥赤‥‥‥虚しい。

あきらめきれず、復活方法をネットで探した。

「テレビ 電源」と入力しただけで「テレビ 電源 点滅」と入力補助が一番上に出てきた。

「なんとっ、赤‥赤‥で困っている人は大勢居るんだ!」と、お顔も存じ上げない皆さま方にどっと親近感がわいた。ああ、私は孤独ではない‥‥‥

仲間の皆さまがお書きになったものを読むと、けっこう笑えた。

「まだ暖房を入れていないのですが、寒いからでしょうか?」

これは冗談なのだろうか、本気の質問なのだろうか。冗談だとしたらまだ余裕がある。

質問はたくさんあり答えもたくさんあったが、わかったのは修理代が高くつくので買い直した方がよいであろうということ。うちの場合購入から8年はたっており、これはもう寿命と考えてよいようだ。

地デジ完全移行のせいで、壊れてもいないのに購入したのがこの液晶テレビであった。私は長い間テレビが大嫌いだったから、壊れてもいないテレビを買い替えるのが大へん不満だった。でも仕方がない。まったく観ないというわけにもいかない。

家近のヤマダ電機に出かけたのを覚えている。何インチにするかめっちゃ迷った。お店のスタッフは大きいものを勧めるが、大きなテレビが部屋にどーんとあるのを想像しただけでげんなりする。おバカの部屋に見える。

結局32インチに決めたが、最後まで不安だった。

「大きすぎないかなあ。テレビが目立つのはヤだなあ」

私がぶつぶつ言っていると、店員さんはいいかげんにしろとばかりにきっぱり言った。

「でもこの大きさはふつう寝室用です。二台目のテレビ」

あらま。ちょっと恥ずかしい。

今回も寝室用サイズである。同じ32インチ。でも奮発してブルーレイレコーダーもつけておいた。

ヤマダ電機さんが丁寧な説明とともにいろいろお安くしてくれたようだが正直なところあんまりよくわかんなかった。それよりパナソニックフェアとかで、帰りにハンドソープや入浴剤などが詰まった紙袋を持たせてくれたのがチョー嬉しかった。よくわからない計算より、目先の現物に弱いね。

それにしても前回買替えてから8年。この8年のあいだに私がすっかりテレビ好きになってしまったことを告白しなくてはならない。

ここ数日テレビのない生活を送っているわけだが、リビングの椅子に座ると同時に、反射的に右を向いてしまうのは、右にテレビがあるからだ。点いてもいないテレビ画面を見てしまう自分に愕然とするね。

そういえば首の可動域が左より右の方があきらかに広い。間違いなくテレビの観すぎに起因している。情けないことである。

 

ユニディでモスグリーンのペンキを買ってきた。テレビ台に塗るためである。前から塗りたかったのだが、テレビからあっちこっちに伸びているコードを引き抜くのが恐ろしくてできなかった。

この機会を逃したら次のチャンスは8年後だろう。

| 羽生まゆみ | - | 20:40 | - | -
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

このページの先頭へ


みんなのブログポータル JUGEM