羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
私の稽古場

『プリンセス・ショック』で「花笠音頭」を踊ったのは良い思い出だ。ハジメ、準一、由紀、Erico と、手練れの者が多かった。シロートなはずのマチャがとても可愛かったのをよく覚えている。稽古場で必ず毎日踊った。稽古の必要もさることながら、私が楽しかったからだ。

ある日、振付・指導を仰いだ藤間紫恵乃先生がおっしゃった。

「石井さんの踊りは味があるから、うるさいことは言わずこのままにしておきましょうか」

私に否やはなかった。石井の持った花笠が他大勢の花笠と角度が違っていてもかまうものか。そんなことはたいした問題じゃない。味がある方がずっと良い。

 

何が言いたいか‥‥‥以下に書く。

 

たとえば石井は、ワークショップで日舞をやることになったら絶対インフルエンザにかかって休むだろう。私が石井んちのドアを蹴破って稽古に引きずってきても、昔私がエチュードでどん引きしていたように、稽古場でどん引きしていたに違いない。

『プリンセス〜』で石井が似合わない「日舞」を引かずに稽古したのは、物語の中でそのシーンを面白いと理解したからにほかならない。そこに「台本」という物語があったからだ。一条天皇という役を通して、石井は日舞を楽しんだのである。

私がほしいのは舞踊家としての技量ではない。役者としての表現力だ。

「あの役者の踊り、うまかないんだけどなーんかいいんだよね」

そんなふうに思ってニンマリしたい。

それは、作品を完成させるための「創作」という作業の中で生まれると信じている。役者は稽古してナンボである。しかし稽古が役者の本分ではない。役者の本分は表現することだ。役者は台詞が喋りたくて、表現したくて、役者になったのだから。

だから、「稽古=技術力」とは断じて思わない。稽古は「何かを生む」ためにあるのだと、私は思う。

 

私の役者達が、稽古のあと公園で木剣を振るのは、稽古の前にマックで台詞を合わせるのも、稽古場が充実しているがゆえである。

充実の不足した座組で、どうして役者が自ら動くだろう。チームワークが生まれるだろう。

私の役者達は私がガミガミ言わなくても当たり前のように稽古を休まない。

稽古はつらい。泣くこともある。前回の稽古場で優太がどんなにつらかっただろうと思うと、泣かした私が泣きそうになる。でも優太は決して稽古を休まなかった。

そして優太は、苦しみに勝る喜びを得たと信じる。100回の「ワークショップ」をやるより早く、優太は「本番のための稽古」で役者になったと信じる。

 

劇団ピンクノイズの役者、山田京太郎が退団した。

「本番しかしたくない」と言ったそうだ。(「本番のための稽古しかしたくない」という意味だろうと思う。いきなり本番ができるわけないからね)

この言葉への意見はさまざまにあるだろう。けれど私は、彼の気持ちが理解できる。

本番の舞台で生きたい。

これは役者の当然ながらの衝動である。この衝動がない役者は役者をやめた方がよいと思う。

私にも、「舞台に出たい」と血を吐きそうなほどに念じた日々がある。

 

さて、少し玉組を動かしてみようか。

私の衝動は「書きたい」だ。

 

オワリ

| 羽生まゆみ | - | 00:02 | - | -
私の稽古場

私の稽古場では、ワークショップ的な稽古は行われない。今もそうだし、劇団としての態勢が整っていた頃もやっぱりそうだった。

理由をいくつか述べる。

まず私がワークショップの方法論を持たないからである。方法論とはつまり、いわゆる『鈴木メソッド』や『平田メソッド』や『野田メソッド』と呼ばれるものだ。『羽生メソッド』があればチョーかっこいいが、残念ながら私に確立されたメソッドはない。

とは言え、私は中学の演劇部から始まって途方もない年月を演劇とともに生きてきたから、実は「らしいこと」をやろうと思えばやれる。役者時代にやっていたことをあれこれ組み合わせて『なんちゃって羽生メソッド』を作ればいいのだ(特に演劇部や大学のサークルなんぞ、公演はめったにないのに稽古時間だけはめっぽうあるから毎日がワークショップだった)。そんなことは簡単だ。らしいダメを、いくらでも飛ばせる。

しかし自分で「なんちゃって」だとわかっているメソッドを、どうして役者達にやらせることができるだろう。そんな恥ずかしいことはできない。私はダメを出すとき下を向いてしまうだろう。そのとき顔が赤らんでいるかもしれない。

あらためて言うまでもないが、私はワークショップを否定するものではないよ。私は、私自身のワークショップを否定しているだけである。

 

ワークショップをやらない理由はほかにもある。

つまんないからだ。

演出の私も上記のような按配で楽しくないが、役者だってきっと楽しくない。

私もフリーの役者時代、参加した劇団や集団でちょいちょい「基礎練」と称した稽古をやらされたものだ。良く知られたものにエチュード(即興芝居)があるが、ほんとにやりたくなかった。たいがいホンがあがっていないことをごまかすための「つなぎ」の基礎練だったから、やる気が起こるはずもない。こんなことをやって本当に役者力がつくのだろうかという疑問はつねにあった。

もう一回言っておかねばならんが、立派な演出家が指導するエチュードを否定するものではない。私はエチュード芝居の公演に参加したことがあり、ヘボ女優の私にしてはめずらしく良い芝居をしたことさえある。

 

言いたいことはこうだ。

私は私の稽古場で、私と役者が楽しいと感じることだけをやる。楽しくないことはやらない。それで役者のクオリティが上がらなくてもかまうものか。(そもそも「役者のクオリティ」ってなんだよ。私は今後一生クオリティという言葉を使わない覚悟だ。)

役者は私が指導する嘘くさいメソッドをやる必要はない。嘘で本物の力がつくわけもない。稽古舞台の上で役者自身が生きればよい。本物の台詞を喋ればよい。私が出すダメに耳を傾ければよい。

 

それが私の稽古場だ。

 

次回に続く

| 羽生まゆみ | - | 23:44 | - | -
私の稽古場

ここに何度も書いてきたが、私は自分の稽古場に絶対の自信を持っている。他は自信のないことだらけだが、稽古場だけは別だ。非力な私が曲がりなりにも20年以上芝居を打ってこられたのは、充実の稽古場あってこそである。

残念ながら役者は、私の稽古を受けても声が良くなったり、歌が上手に歌えたり、10回転ピルエットができるようにはならない。

しかし1回くるりんと回ったあとで客席にピカーンとフェロモンを飛ばせるようにはなる。それが私の稽古だ。

10回転とピカーンとどっちが役者としてのクオリティが高いかなんて比べるのは無意味である。10回転できる役者がピカーンもできたらそれにこしたことはないが、とりあえず今の私に10回転は必要ない。

でもホンを書いている途中で「このシーンはどうしても10回転がほしい」と思ったら話は別である。せっかくいいこと思いついちゃったのに役者が回れないからといって諦めることはできない。だから稽古場で稽古する。

10回転はやらなくても、私の芝居にはそこそこ歌シーンやらダンスシーンやらが出てくる。その度に稽古場で死ぬほど稽古する。『狐の姫〜』の時は殺陣があったからそりゃあ大変だった。役者達は稽古が終わった後も公園や道端で木剣を振っていたと聞く。

日舞をやったことも何度かある。やはり死ぬほど稽古をした。『母方のイトコ』で踊った八木節は名シーンだったと自負しているが、あのときの日舞稽古も過酷を極めた。とてもよく、覚えている。

 

私の稽古場はワークショップの場所ではなく、作品を創る場所だ。私は役者達とともに、創造することに注力する。

その創造の過程において、上記のような「技(ワザ)」を習得していく。

習得のために日舞の藤間紫恵乃先生やら殺陣師の森垣千歳先生やらに指導を仰ぐ。やると決めればぬるいことはやっていない。

こういった「技」の習得は役者の武器にはなる。(『プリンセス〜』の時は日舞の素養がある役者が複数居たのでとても助かった。)しかし、それと役者のクオリティとはまったく関係がない。私は役者たちに特段「技」を求めない。あればラッキーてなもんである。

日々技を磨いていないからといって「羽生の役者はクオリティが低い」などと思われるのは、また発言されるのは、まったくもって心外である。

 

次回につづく

| 羽生まゆみ | - | 06:38 | - | -
道明寺(体幹トレ日記95)

ところで私のトレーナーはトレーナーなのに甘党である。

トレーナーは甘いもんなんか食べず、ブロッコリーとサラダチキンばっか食べているのかと思っていた。あんこ好きなのだ。トレーニングの前とか後とかに豆大福やら道明寺を食べたりする。

前と後だけではなく、途中で食べたこともある。私をトレッドミルに乗せておいてから、急に「草もちが食いたくなった」と言い出した。

「今?」

「買ってくる」

「はあーーっ?」

そしてとっとと出かけようとするではないか。やばい、本気だ。私をトレッドに置きっぱなしにして?

ハムスター状態の私は慌てふためき、トレッドの上でバタバタ足をもつれさせながら叫んだ。

「今じゃなくてもいいでしょーよ! 無理無理無理!」

「大丈夫。すぐ戻る」

大丈夫じゃないわよっ! 私はここのトレッドの止め方を知らないんだからっ。たとえ知っていても私はトレーニングを自分で止めたりしない。トレーナーの「はい、水飲んで」を待つ人だ。トレーナーと喧嘩するときだって律儀に腕立ては続けるぞ。

しかしあきらめるほかなかった。

「だったら走って! 丁寧に包んだりしなくていいんだからね! 急いで! 早くっ!」

まったく生きた心地がしなかった。もし交通事故に遭って帰ってこなかったらどうしようと思った。ここで私は永遠に走っていることになるではないか。

不安感が極限までつのり、「無理無理無理。早く戻れ、バカ!」と騒いでいたら戻ってきた。

30分は走ったと思っていたら、7分しか経っていなかった。

「羽生さんも食べる?」

「‥‥‥」

「いらないの?」

「‥‥‥イッコ食べる」

私はこの人に、「食え」とは言われても、「食うな」と言われたことがない。

 

いつだったかトレーニングの後、私が草もちを買ったこともある。つーか、買いに行かされた。近所に和菓子の老舗『玉屋』さんがあるのだ。あんこ好きにはたまらん環境だ。私もあんこは嫌いではない。

私の次の時間帯に入っているノブちゃんのぶんもいっしょに買ってきた。女の子が好きな道明寺である。

「ノブちゃんにあげてね」

「俺が食べる」

冗談だと思っていたら本当に独占したとあとで知った。悪魔っ!

 

ここを読んだノブちゃんが激怒して、ぱこーんと蹴ってくれることを祈る。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 20:15 | - | -
本日も筋肉痛(体幹トレ日記94)

今日もまた筋肉痛。胸と脇が激しく痛いが、それにも増して痛いのがお尻である。最後にやらされた横跳び系ぴょんぴょん種目(サイドランジの部類?)のせいかもしれない。

ぴょんぴょん種目は苦手だけど、あちらのスタジオに通っていたころに比べたらだいぶマシになった。あちらでは若いトレーナー達にヤクルトジャンプと悪口言われていたものだ。ヤクルトの高さしか飛び上がれなかったからである。こちらでは牛乳瓶までは成長したように思える。飛んだときにふわっと感がある。

というわけで今は「目指せペットボトル」だ。一升瓶なら尚可である。

 

しかしお尻が激イタなのはぴょんぴょんのせいだけではなく、久々にやったベンチプレスも影響しているのではあるまいか。

ベンチは数ヶ月ぶりだ。前はよくやらされていたし好きだったのだが、こちらに移ってからはほとんどやらない。理由はわからんが、たぶん私があまりにもできないので諦めたのだろう。しめしめである。悔しくもなんともない。この頃すっかり「怒鳴られ疲れ」しているので、100%怒られることが決定しているベンチはやりたくない。箸より重たいものも持ちたくない。バーベルなんて冗談じゃない。

それでもやるとなれば力を振り絞る。つーか、ベンチの場合振り絞るのはお尻である。この日も「ケツを締めろ!」というご要望にお応えして、挟んだキュウリが真っ二つになるくらい振り絞った。(挟んでないけど。)で、筋肉痛だ。

 

ベンチのあとはプッシュアップだった。これはマズイ。チンニング後の腕立てもきついが、ベンチ後はもっと悲惨だ。胸と脇はすでに痛いし、腕もふにゃふにゃ状態。お尻にいたっては振り絞りすぎて半分砕けている。

案の定まったくできなかった。なんとか身体を持ち上げようとするのだが持ち上がらず、力任せに上がろうとするとフォームはめちゃくちゃである。

で、すかさずモヒカントレーナーの畳みかけるような怒声が飛ぶ。

「右肩が上がってる!」

「右肩が上がってるって言ってるだろ! 顔上げてちゃんと鏡見ろ!」

「鏡見てやれって言ってるのになんで見ないんだよ、バカ!」

バカ? 今バカって言った?

言葉の刃で袈裟懸けに斬られて、私の心は血だらけだ。

「ちゃんと見てる? 見てねーだろ!」

私はプッシュアップ姿勢のまま弱々しく口答えする。

「見てる」

「じゃあなんで右肩が上がってんだよ!」

「‥‥‥」

「返事しろ! 見てないから右肩が上がってるのがわかんないんだろ! 今上がってた? 上がってなかった? どっち?」

むーかーつーくー。

ついに私も大音声で怒鳴り返した。やっぱりプッシュアップ姿勢のまま、

「わかってるけど直せないんだよっ!」

プッシュアップ姿勢じゃなかったら、今まさにつかんでいるプッシュアップ用ブロックを投げつけてやったところだ。

 

稽古場の役者の気持ちがわかったね。これだ。

わかっているけど直せない。

 

チクショウ、涙出た。

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 23:04 | - | -
筋肉痛(体幹トレ日記93)

毎回プッシュアップをやるのあたりまえのようになっている。あれこれやった後の「デザートの50回」みたいな時もあれば、「本日のお食事はプッシュアップのみ」のときもある。

この頃私の前の時間帯に34才の青年が入っていて、いつのまにか私のライバルである。

トレーナーが私の負けん気に火をつける。

「34才、今日は腕立て200回やった」

負けん気がボワッと燃え上がった。入会7ヶ月がトレ歴3年半の私と勝負しようとは笑止千万。

私は苦々しさを我慢しながら思った。

「踏み潰してやる」

というわけでこの日は目指せ200回。

34才はフル140回+膝つき60回だったというので、とりあえずフル150回に向かってひた走る。前に攻めるプッシュアップだ。

「攻めろ! もっと前!」

トレーナーの檄が飛ぶ。

前に攻めるプッシュアップはチョーきつい上に、筋肉痛が胸ではなく、背中側の腕の付け根に出る。とても痛い。腕の付け根という場所柄、日常生活がものすごく不便。

結果は、フル200回+膝つき20回であった。220回やっておけば当分追い越せないだろう、と心の中だけで思った。

こんな思い上がったことを声に出して言うのはまずい。トレーナーが聞いたら激怒して、34才に私を追い越させるに決まっている。私が喋ることはたとえ何気ないひと言でも彼にとっては怒りの種になるので、「何気ない」どころか今回のような本物の「上から」の場合、どのようなことになるのか考えるだに恐ろしい。

まあ私が怒りを買うのは仕方ない。私は世界一の嫌われ者だ。しかし気の毒なのは、とばっちりを受ける34才である。私をギャフンと言わせるために、きっと300回腕立てをやるはめになる。吐くよ。

 

どんなにきつくても、いや、きついからこそ、トレーニングをやっている間は現実から逃れられる。人の頭は基本一つの痛みしか感じないらしいから、筋肉痛は心の痛みを和らげたりもしてくれるのだ。

明日はトレーニングがあると思うと元気になる。

 

プッシュアップを200回やり抜けば、ミットに強いパンチを打ち込めば、自分を少し、マシな人間だと思うことができる。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 00:16 | - | -
クランクアップ

スマホチェックをすると麻理枝からメールが来ていた。

「無事クランクアップしました」

私はそのとき東京駅に向かう地下鉄の中に居た。

クランクアップ? 撮影は三日間の予定である。今日は二日目。翌日の最終日には参加するつもりで、私はロケ地である千葉に向かっていたのである。朝早く一人で千葉へ行く自信がなかったので、ビジネスホテルを予約して前日の乗り込みであった。

私は思った。取り敢えずの撮影は全部終わったからクランクアップなのね。きっと取り漏れているところを明日撮影するのだわ。

念のため私は麻理枝にメールを打った。

「明日はもう撮影ないの?」

「はい、明日はないです」

私の訊き方が悪かった。麻理枝は自分の撮影はもうないと言いたかったのだろう。他の役者はまだあるはず。たとえば純一とか優太とか佳美とか。

東京駅でうろちょろしていたら、今度はEricoから連絡がきた。私が撮影用に貸していた衣装やパソコンなどの荷物を、明日私の自宅まで持ってきてくれると言う。

そしてやっと理解した。なるほど、撮影は本当にこの日全て終わったらしい。

メールを打った。

「でもErico、私明日お家に居ないの。撮影だと思って今稲毛に向かっているから。せっかくだし、明日は千葉観光する」

Ericoのビックリが想像できて申し訳ないやら可笑しいやらであった。

Ericoとのやり取りがあり、結局私の宿泊先に荷物を持ってきてくれることになった。すまんねえ。私なりに気を遣って、みんなに黙って前日の現地入りにしたのだが、結局迷惑をかけることになってしまった。いつもそうだ。気をまわし過ぎて失敗するのが私という人間だ。

 

21時前にチェックインした。

ああ、なんという侘しいホテルだろう。

そりゃそうだ。寝るだけだからと、一人で泊まれるいっちゃん安いホテルを選んだのだ。そもそも稲毛にホテルが存在していなかった。APAホテルはなかった。ネット予約なんてやったこともないのに、泣きそうになりながら頑張ったのだ。

汚れの目立つ絨毯に、とても足を突っ込む気になれないスリッパ。なのでベッドの上に避難して、なるたけ歩かないようにした。シャワーは浴びている途中で冷たくなったり熱くなったりした。「ここは日本かっ」と思った。トイレットペーパーは残りが少ないというのにストックが見当たらず怯えた。

これまで何か書くとき簡単に侘しいという言葉を使ってきたが、これが本当の「侘しい」だと思った。身に沁みてわかった。

 

ロビーでEricoの顔を見たときは救われた気分だった。

私が部屋から降りていくと、カウンターの前で受付相手に何かこちゃこちゃやっている。荷物を宅配便で送る算段をつけてくれていたのである。段ボールをもらってくれた。これで私はこの寒い夜、段ボールを求めてコンビニめぐりをしなくてよくなった。「侘しい」と同じくらい「気が利く」が身に沁みた。いや、心に沁みた。

菅原さんとヒロも一緒に来てくれていた。四人でしばらくお喋りして、別れるときは私もついて帰りたかった。「置いていかないでーっ」なのである。

映画の勉強をしている大学生のヒロは、私たちの新しい仲間だ。Ericoがどこからか咥えてきた。今回いろいろ手伝ってくれたのだが、人見知りしないし本当に感じの良い男の子。これを縁にまた何か一緒にできればと願っている。

そして役者及びスタッフみんな、矢野監督、ありがとうね。結局私は初日しかつき合えず、しかも役立たずのまま終わってしまった。つーか、迷惑かけて終わった。

お疲れ様でした。

顔向けできないし恥ずかしいので、私はしばらく籠ります。

 

ちなみに翌日は雨で、千葉観光どころか、ホテルから徒歩3分の浅間神社にさえ行く気にならず、朝一で東京に戻ったのであった。

雨がまた、いっそう侘しさを増幅させていた。

 

| 羽生まゆみ | - | 12:26 | - | -
小さな縁

大杉漣さんが亡くなった。本当にびっくりした。

私と、役者時代の仲間たちは、転形劇場に所属していた頃の大杉さんに何度かお会いしている。公演の打上げに転形劇場の演出家、太田省吾さんと来てくださったりした。もちろん人見知りの私は話をしなくてすむように、なるたけ遠くに離れていたものだが。

当時大杉さんはまだ20代だったのだと、享年から逆算して驚いた。あの頃すでに私にとっては大スターだった。だからここ数日、TVが大杉さんのことを「長い下積み生活」だの「劇団に入ったものの開花したのは40代」などと言っているのを聞くと、なんだかとっても違和感がある。はっきり言えば、「はああ? 何言ってんの、あんた? 劇団時代を何だと思ってんの?」なのである。冗談ではない。20代でスターだったのだから、私などから見れば下積みなどなかったに等しい、演劇の神様に選ばれた役者さんである。

転形劇場がまたすごかった。日本国内だけではなく外国でも高い評価を受けていた。私は『小町風伝』と『水の駅』を観ており、所属していた劇団で『老花夜想』と『喜劇役者』を上演した。つまり私は、転形劇場がものすごく好きだったのだ。私ごときでは追いつかないレベルの高さだったが、とにかく好きだった。大杉さんはそんな劇団の役者さんだったのだ。(他にも品川徹さんや瀬川哲也さんが所属していた)

 

上京して間もない頃、小田急線の車内でばったり大杉さんにお会いしたことがある。読んでいた本から目を上げると、向かいに座っていた大杉さんと目が合ったのだ。軽く会釈してくださって、覚えていてくれたんだと天にも昇る心地だった。しかしこのときも私ったら、会釈を返したあとずっと本を読むふりをしていた。本当に失礼千万な私である。

大杉さんが小田急に乗っていたのは、梅ヶ丘に住んでいたからである。転形劇場に入団した知人の演出家夫妻んちに遊びに行ったら、「漣さん夫婦が上に住んでいる」と言う。そこは古い木造の二階建アパートメントで、ものすごく趣のある古い建物だった。間取りは忘れたけれど、広い畳の部屋と黒光りする板敷のスペースがあった。「いいなあ、ここ」と思ったのを覚えている。当然、上のお部屋も同じだったはずだ。

ああ、昔のことを思い出してしまう。つらかった稽古や、当時観たたくさんの芝居のことやなんかも。稽古場の匂いを。

 

縁とも言えない小さな縁を思い出す。

誰かが死ぬとはそういうことなのねと思う。

| 羽生まゆみ | - | 00:37 | - | -
クリスマスツリー

自宅に帰り着いたらちょうどパシュートの決勝が始まるところで、気が狂ったようにわめいた。ゴールの瞬間は感動して涙ぐんでしまった。やっぱりライブで観ると喜びが違う。3つの金メダルの中で一番ぐっときた。

ユヅ君も小平奈緒も優勝が決まった試合を生で見ることができなかったからね。

メダルの贈呈式も今回のオリンピックで初めて観た。『君が代』は、学校で歌わされていた頃は詞の意味もわからないし音程も取りづらいから好きじゃなかったが、オリンピックで聴く『君が代』はとても良い。格調の高さと厳かさったら格別である。途中で太鼓がふた叩き入るところが好きだ。あれがあるとないとじゃ大違いだと思う。

 

『サンタクロース〜』の撮影が近づいてきた。なかなか私に出る幕はないのだが、週末にテクニカルスタッフの、顔合わせと機材のチェックがあるようなので、そこに顔を出すことにした。なにか機材を持って行かないと格好がつかないが、らしいものを持っていないので仕方が無い。

道具で使うクリスマスツリーを引きずって行こうかしら。ツリーチェックも本当はしておいた方がいい。でも袋から出して組み立てる気力がないし、一度出すと二度と袋に入らないような気がして出す勇気もない。

ツリーは奇跡のように見つかった。絶対捨てたと思っていたのだが、Ericoにあそこを探してみろと言われてあそこを探したらあった。なんでEricoが私んちのあそこにツリーがあることを知っているのだ。ついでにイルミネーションも見つかった。

この間の公演でツリーに飾るイルミネーションをあんなに探したのにまさかうちにあったとは。「もうっ、買えばいいじゃん!」とわめいたのは私である。うちにあったことがバレたら金庫番の麻理枝に怒られるな。

そしてクリスマスツリーも、KAZUHOに借りた。KAZUHOさん、ごめんなさい。

 

いろんなものをすぐ捨てたくなる私だが、芝居で使えそうなものはちゃんととっておこうとあらためて決意した私であった。

でもとっておいたことを思い出せないのがこの頃の私でもある。

見つかったツリーは、何かの公演のときに女優のマチャが誰かに買わせた‥‥いや、買ってもらったものである。そんなわけでマチャのことをいろいろ思い出したりした。今、どうしているのだろう。

 

というわけでこのツリー、ずっと持っておこうと思う。マチャの思い出のために。

 

| 羽生まゆみ | - | 00:09 | - | -
本日も宣伝。ごめん

ユヅくんとウノくんで金銀取らないかなあなどと気軽に言っていたら実現してしまった。すばらしい。スポーツ新聞2紙買って余韻に浸った。

オリンピックは楽しい。ヒマさえあればTV観戦している。どの競技もどんと来いの勢いで観ている。どれもこれもみんな楽しい。

この頃のお気に入りはカー娘である。いくらじっくり観てもルールがさっぱりわからんが、それでも楽しい。勝っているから楽しいというのもあると思うけれど、なにしろ選手のみなさんが可愛らしくてよいわ。今我が家では「ナイスショッ!」からの「ありがとう」が大流行りである。隙さえあれば「ナイスショッ!」「ありがとう」と言い合っている。「ありがとう」を可愛くさわやかに言うのがポイントである。

 

電子書籍第二弾である。今回は小説。

菅原さんからは「プリンセス・ショック」との要望があったのだが、小説で試してみたいとお願いした。

小説「バックステージ」は、劇団『月とウサギ』を舞台にした3部作のうちの1本である。(2部しか完成していなくて、3部目は途中まで書いて打ち捨ててある)

ファンタジーでもなければ壮大なドラマもない。物語としてはとっても小粒な、恥ずかしながらの小品だ。

もっとも、キャラクターも文章も構成も良いけど。と、いちおう自画自賛しておく。ただ、面白いかと問われればはっきり答えることができない。そこまで思い上がってはいない。世の中は素晴らしい小説が溢れんばかりだ。

 

劇団『月とウサギ』は玉組ではない。玉組より売れているし立派な劇団である。そうしておかないと物語としてつまんないからそうした。

メグさんという女性演出家が出てくるので、これも私と重ねちゃう人が居ると思うが、はっきり「違う」と言っておきたい。才能に恵まれた演出家に設定してあるせいで、「羽生さんてば自分のことこんな風に思ってんだ」なんて誤解されるのを私は恐れる。これはあくまでも「小説」である。

もっとも稽古場の模様などは現実を参考にしてある。紙コップ入りのコーヒーを投げて演出家が自爆したエピソードなんかをね。

 

いっぱい言い訳したぞ。

傑作ではないが、きちんと書いた中編小説らしい小説だ。ドンデンも用意した。あらすじは菅原さんがまとめてくれているとおりである。(とっても上手。私はあらすじ書くのがとっても苦手)

よかったら読んでみて。感想なんか求めないから気軽にね。気軽な物語だし。きっと登場人物のことが好きになってくれると思う。

 

というわけで宣伝でした。ごめん。

 

| 羽生まゆみ | - | 22:01 | - | -
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