羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
一哉が「夏に打て」と言う

第2回、2020玉組会議の打ち合わせ。at 西新宿。

玉組会議の議長は麻理枝だが、その麻理枝が発熱で欠席し、第2回目会合は議長抜きの打ち合わせとなった。

役職なしのヒラ三人の会合となったが、それでもいろんなことが具体的に決まってきた。コヤも来週支払いを済ませれば正式に決定する。そしたらすぐにここで発表しようと思う。もっと発表したいこともイロイロあるのだが、あんまり調子に乗ると議長に怒られそうなので我慢する。

役者のオファーもそろそろ始まるのではないかと思う。(これに関しては私は関知しない。役者に頭を下げるなんぞ真っ平ごめんだ)

本格的に始まるのは資料がそろってからだが、Ericoは渡辺一哉にはとっとと電話したらしい。古い玉組ファンなら一哉の出演はおおいに喜ぶはずだけれど、残念ながら出演は叶わなかった。一哉がダメであろうことは想像できていたので残念ではあったがすぐにあきらめもついた。

ホテルでバイトをしている一哉は12月だけはどうしても芝居が入れられないのだ。

Ericoは一哉に叱られたらしい。

「12月はダメだっていつも言ってるだろ! 夏にやれ」

「夏は私が忙しい」

そうなのだ。夏はEricoが忙しい。しかし私としてはEricoより一哉を取りたい気分だ。次にやるとしたら夏だな。

しかも一哉は、「還暦記念に羽生さんの長ゼリ喋りたいから準備させておくように」とEricoに言ったらしい。

私は仰天した。

「還暦? 還暦っていったい一哉いくつよ?」

Ericoと勘定したがまだまだずっと先である。

「ダメだ。私が生きていない」

「しかも一哉さん、そのときはルナティックの橋沢座長と一緒に出るって言ってました」

「橋沢さん? なんでいきなり橋沢さんの名前が出てくるのよ」

どうやら私は一哉と橋沢さん用に二つ長台詞を準備しておくことになったようだ。よくわからないがなんだか嬉しい。

久し振りに一哉と話して楽しかったとEricoは言っていた。元気が出てきたと。

「一哉さんはやっぱり大人だわ」

それからEricoは続けた。

「明日羽生さんに電話するって言ってました」

「えっ」

「それで前もってそのことを羽生さんに伝えておいた方がいいと思って今日電話したんです。だって動揺するでしょ?」

「・・・・・・」

する。動揺して思わず電話に出てしまうかもしれない。これで落ち着いて居ないふりができる。

「うん、ありがとう」

「話したらきっと楽しいですよ」

「うん」

そうなのだ。それはわかっている。話したらきっと楽しい。

いずれにせよ、一哉とまた仕事ができるかもしれない。夏に打てば可能性はあるし、私が生きていて一哉60歳の時に打てば、自分から言い出しているのだからこれは絶対である。しかもこの時は「ああルナティックシアター」の橋沢座長が付いてくる。しめしめではないか。

 

一哉、私の長ゼリを喋りたいと言ってくれて嬉しいよ。

口にしちゃったんだからね。私はこういうことにかけては執念深く覚えているよ。

| 羽生まゆみ | 2020玉組会議 | 21:47 | - | -
年賀状のこと

年賀状という習慣を地道に続けている。

私はほとんど友人知人と「会う」ということをしないので、年賀状のやり取りがなかったら過去の知人は完全に抹殺ということになってしまう。

高校や大学時代の友人、最初に所属していた劇団仲間などと微少ながらまだ繋がっているのは、年賀状のおかげである。彼らとはもう数十年会っていない。喋ってもいない。メールも手紙も出さず、ただ年賀状だけの付き合いである。

だから年賀状があってよかった。私は思い出コレクターではないので、手紙や役者の頃の台本などほとんど捨ててしまっていて、過去を思い出す「よすが」というものがまるでない。思い出さなければ全てが忘却の彼方、無かったことと同じになってしまう。それはちょっと悲しいではないか。抹殺は悲しい。

高校時代の友人から年賀状が来ればその瞬間、校舎の階段が頭に蘇ったりする。役者時代の仲間の年賀状は稽古場の匂いがする。そんなわけでお正月、ハガキをめくりながら、大昔にタイムスリップするひとときが好きだ。

 

この頃は、年賀状の赤ちゃんの写真を楽しみながら見るようになった。若い頃は元同級生の息子や娘に何の関心もなく、子供の写真を年賀状に載せるという発想がどーにも理解できなかった。(もっとも私は自分の写真を載せてきたので、送りつけられた多くの人が「この発想、理解できない」と思っているに違いない。)

この頃赤ちゃんの写真が楽しいのは、それを生んだのが私の女優たちだからである。

「ええっ、ママになったか!」と、感慨深いのである。

赤ちゃんの写真をまじまじと眺めてしまう。とても楽しい。

旧友の子供の写真に関心がなかったとはいえ、それでも生まれた時からずーっと成長ぶりを見てきた(写真だけで)わけだから、彼が結婚したと聞けば「おお、そうか」とこれもまた感慨深くないこともない。

で、結婚したならこれでそろそろ息子の写真を載せた年賀状も終わるなあとしみじみしていたら、今年は孫の写真であった。

「げげっ、また1からかいっ」

長い長い成長を、私はまた1から見守ることになった。

 

そして私は私で相変わらず、私自身の写真を送り続けるだろう。

成長はもう止まったけど、一年一年美しくはなっていくよ。

 

たぶん。

 

| 羽生まゆみ | - | 22:50 | - | -
2020玉組会議

さあ、年が明けた。

元旦はお餅を食べたり、ピザを食べたり、ポテチを食べたりしながらダラダラと過ごした。ポテチを食べるのに後ろめたさがないのはお正月だけである。あー、お正月ってステキ。

2日は増上寺と神田明神のハシゴをした。健康を祈り、良いホンが書けますようにと祈った。正真正銘の神頼みである。猿回しも見た。

3日は大掃除。なぜ年末ではなくお正月にすることになったのか忘れた。

運動は5日から始めた。まずパーソナルトレでバーベルを上げたり背負ったりし、6日7日とサンドバッグを叩いた。しかし8日があまりにも寒くてジムへ行く気にならず、続けて本日も行く気にならなかった。とりあえず家でプッシュアップ100回やってお茶を濁した。ま、いっか。来週から頑張る。

 

劇場探しを始めた。たぶん今日下見をしたコヤで決まるのではないかと思う。予定していた規模の芝居よりかなり小さくなるが、なにしろ雰囲気が良くて、ここでやりたいと思った。コヤ主さんたちが自らの手で創った手作りのコヤだと言う。なるほどね、素晴らしい。

セットも立てられない小さな小さな芝居になるだろう。でもEricoが「パンプルムスで始めたんだから」と言い、私も本当にそうだと思った。いいかもしれない、初心に戻る頃合いだ。

昨年はライブハウスの公演だった。次は少しは大きなコヤで、リアルセットを立てて打つつもりだったけれど、次の公演で赤字さえ出さなければその機会はまたあると考える。機会があると信じたい。

 

下見のあと食事をしながら打ち合わせ。

制作チームの名前は「2020玉組会議」とする。現在のメンバーは私とまりえとEricoとKAZUHO 。いずれ山中さん他が加わることになると思う。KAZUHOが正式にスタッフとして名前を連ねた。ありがたい。KAZUHOが横に居てくれれば私は誇り高くいられる。玉組を立ち上げた頃の誇りを、私は少し取り戻すことができるだろう。

さて、羽生ノートもなるたけ更新してゆきたい。これまで公演については「はっきり決まらないと公表しない」の方針だったけれど、今回は「はっきり決まっていなくても口にする」でいこうと思う。今日の書き込みのように。

 

最後になりましたが、みなさん、本年もよろしくお願いいたします。

たくさんの幸福を祈りつつ、今年最初の書き込みでした。

| 羽生まゆみ | 2020玉組会議 | 23:36 | - | -
背負った

2019年は体重がちょびっとずつちょびっとずつ増えた年だった。

体重は毎日計っている。2圓箸泙任呂いないけど1.5圓漏亮造冒えた。数字だけ見ればたいしたことがないように感じる。しかし腰に脂が乗っており、見るに堪えない。そう、数字より体型が問題なのである。

運動はそれなりにやってきたつもりなのだが、まだ足りないらしい。週2回、フィットネスクラブで飛んだり跳ねたり蹴ったりしたあと、必ず筋トレもやってきた。週3回、ボクシングジムにも通っている。これ以上何をどうしろというのか。と、怒りたくもなるが、結局のところ追い込みが足りないのだと思う。

追い込みが身体を作るのに、きつくなると自分を甘やかしてしまうのだ。プッシュアップなんぞが良い例である。「浅いっ! 胸を床につけろ!」という懐かしい怒声が頭の中で響くことがあるが、完全無視の聞こえないふりである。しかもこの頃ではその声もだんだん聞こえなくなってきた。

というわけで、一発気合いを入れることにした。以前通っていたジムから5分もかからない至近距離に新しくパーソナルジムができたのだ。体験レッスンはとってもお安いから大好きである。過去、キックボクシングなどの体験をしたことがある。

楽しかったあ。やっぱり私、筋トレが好きなんだなと思った。

まず基本の種目を少しずつやらされた。それから、ベンチプレスもやった。スクワットも20圓離弌璽戰襪鯒愽蕕辰討笋辰拭

トレーニング開始前の聞き取り調査で「バーベルなんて持ったことありませ〜ん」とハードル下げておいたのだが、甘やかさずに重たいもの持たせてくれてありがとうである。私はふだんはお箸持つのも嫌なくらいなのだが、トレーニングで重たいもの持つのは大好きである。フィットネスクラブではさすがに一人でバーベル扱うのは怖いからせいぜいダンベルくらいでお茶を濁していた。あー、楽しかった。

「羽生さん、ジムでやっている筋トレ、無駄だったとは言わないけどまったく負荷が足りていないからもったいなかったね」

これは重たいものを持てというアドバイスだ。

「筋肉痛出ていないでしょ」

出ていない。

「プッシュアップの時は足を高いところに乗せた方がいいし、スクワットもバーベル背負ってやるように。20圓任皹生さんには軽いと思う」

追い込み足らずでゆるゆるな体型になってしまったが、それでもまだいくらかは筋力が残っているようだ。ありがたい。

楽しかったので、オープンサービス価格の16回コースを受けることにした。

でも最初に告白しておいた。パーソナルトレを続ける気持ちはない。

「私、貧乏なのでこの16回で終わりです。ごめんなさい」

「もちろんいいですよ」

それから気まずさを振り払うように、私の16回限定トレーナーは言った。

「たくさん食べるように。プロテインは飲んでいますか」

「筋トレした後は」

「日常的に飲んでもいいかもしれませんね」

「はいっ」

 

で、得意のAmazonで『ビーレジェンド ベリベリベリー風味』を発注した。

ついでに『つきたてお餅1.8圈戮眸注して、私の2019年もあと2日となった。

気持の良い年の瀬である。

 

| 羽生まゆみ | - | 20:06 | - | -
終わったね。そして始まる。

今年は年明けが『シリウス〜』の稽古ということでなかなか気合いの入った「あけまして」であったが、その後は気合いも身体もユルユルの一年であった。なーも書いていないし。羽生ノートも書いていないし。書の昇段試験は落ちまくりだったし。本もあんまり読まなかったし。

そんな頑張らない2019年だった。

 

さて、Ericoはこんなに頑張ったことはないという一年だったに違いない。大打上げは関係者のほとんどが集まって、玉組の打上げより賑やかだったし、玉組の打上げより楽しかった。Ericoもみんなに愛されて、これまで見た中で一番幸福そうだった。

一年を通してEricoに寄り添ってくれた、ゆーすけ、トールさん、KAZUHOさん、まりえに、心からのお礼を言いたい。この無謀とも言える企画を無事やり通せたのは、4人の「一年を通しての」力添えあったればこそである。これは大へんなことだ。「一年を通して」は。Ericoは彼らに一生分の借りを作ったと思う。

打上げで私、5人の演出家と5人の役者に尊敬と感謝を伝えるのを忘れた。この企画の成否は、まず、お願いした演出家の力量にかかっていたことは言うまでもない。だから最初にEricoから企画を打ち明けられたときの私の心配も「演出家を集められるか」であった。なにしろホンの書ける小劇場の演出家は圧倒的に不足している。多めに見積もっても都内で50人くらいである。6人といえばそのうちの12%を占める。あらまあ大変。

杞憂であった。10%が(礼儀上、私自身は除いた)神田の小さなライブハウスに奇跡のように集まった。

 

楽しい打上げの一夜が明けると、その日はウブヲの通夜であった。Ericoは衣装から喪服に着替えて、大楽の余韻を楽しむヒマもなかった。私のせいでEricoはいつも忙しい。

ありがとうね、Erico。『シリウス〜』を創らせてくれて。書いて良かった。小雨も歩太も大好きなキャラだ。そして小雨を私が愛するように、Ericoもまた愛してくれていると信じる。他の5人の演出家もそうだと思うが、自分の書いたキャラを、演じた役者に愛してもらえないほどつらいことはない。

こんなことをバカな役者に言っても無駄だろうが、演出を兼ねるホン書きは、役者を喜ばせるために渾身の力を振り絞るのだ。書いている時はそればかりを考える。「役者ははたして喜ぶだろうか?」。それが二人しか登場しない芝居ならば尚更である。

さて、今回の企画公演を糧として、Ericoは来年飛躍を遂げねばならない。

神田にご来場の皆様がそれを見届けてくだされば幸いである。

 

打上げのご挨拶で、Ericoやお世話になった皆さんに感謝を伝えられなかったので、書いてみた。上手にご挨拶できなくて気になっていたから、おかげで少しすっきりした。さあ、これで次に行ける。

次と言えば、打上げで隣に座っていたトミーから「来年12月なら空いている。打とう」と言われた。(来年やるつもりだったがやる気が失せたという話をしていたのだ。)

おおっ、男優の方から「打とう」なんて言われたのは久方ぶりだ。

これよこれこれ。女はいつも男に引っばられたいのだ。私とて例外ではない。ぐいぐいがチョー希望。

「トミーが言ったんだからね。だから打つんだからね。まわりにそう言うからね」

「いいよ」

やった。しっかり言質をとってやった。トミーってば大人だわ。

 

翌日、山中さんというもっと大人からも言質をとった。

 

頑張る2020年になりそうだ。

| 羽生まゆみ | - | 00:30 | - | -
ウブヲの席

9月17日の羽生ノート。『オジサン・フォー』というタイトルでウブヲのことを書いた。たった3つ前の書き込みである。さあこれから好きな芝居をやるぞと、希望に燃えているウブヲのことを書いたのだ。

ウブヲも希望に燃えていたかもしれないが、私だって燃えていた。50歳以上の男優達を集めて芝居を創るのは面白いと思ったからだ。

すでにオジサン達は私の頭の中で動いていた。山中さんや中村さんには大御所風に出てもらって、ウブヲは狂言回し。あと、現役のソニーはもちろん、トミーや渡辺一哉にオファーをかければ、舞台はかなり充実する。歌の上手い役者がたくさん居る。いやいやいや、めっちゃカッコイイ舞台だ。

だからあのあと一度会ったときに、「ウブオじゃなくて、私のプロデュースでやるよ」と言っておいた。私がやった方がいいと思った。その方が自由に創れて面倒がない。そのくらい私は本気だった。

 

まさかウブヲが死んじゃうなんて。

 

このところウブヲはここ数年で一番元気そうだった。ウブヲが若返って楽しそうだと、まわりで噂し合っていた。

12月5日木曜日の午前中。私は自宅で、例の1003号室兄弟(羽生ノート『大パニック』参照)と一緒に、保険書類に振込先銀行口座を記入したりしていたのだ。

「銀行コードって書いてある。何、これ? 知らん」

1003号室兄が教えてくれた。

「みずほ銀行ならたぶん0001番です」

「ええっ、なんでそんなこと知ってるの?」

「まあ…仕事で」

「金融関係にお勤め?」

なーんてことを呑気にしゃべったりしていたのである。

途中ピロロンとスマホが鳴った。Eメールの着信だ。ふだん24時間マナーモードにしていて気づくのは翌日、なんてことがしょっちゅうなのに、このとき解除していたのは、1003号室兄弟と朝からメールのやり取りをしていたからである。

兄弟が帰った後、そういえばメールが来ていたなと思い出した。陽子さんからだった。件名は「四柳さんのこと」。嫌な予感がした。

 

ウブヲが危篤だという。暗い穴にずーんと落ちた気がした。

陽子さんと話した。彼女は午後一の電車で病院のある飯能に向かうと言う。ウブヲは集中治療室にいるのでたくさんが押し掛けるわけにはいかない。陽子さんが行けるのは、奥様と特別な絆があるからである。わかっていたが、私はどうしても会わないわけにはいかなかった。

森に囲まれた美しい病院にウブヲは居た。奥様は信じられないくらい落ち着いていて、暖かく対応してくださった。私は、押し掛けた非礼を詫びた。

ああウブヲ、どうしてこんなところに寝っ転がっているのだ。顔色は良く、肌のツヤだって申し分ない。この前会った時より白髪混じり髪の毛が伸びていた。

「ウブヲ」と私は言った。もう一度「ウブヲ」と呼び、それから「まゆみだよ」と言った。

するとウブヲが仰天したように身体をよじらせた。私は「あっ」と飛び上がり、陽子さんが「聞こえてる!」と小さく叫んだ。きっと陽子さんも奥様も私とウブヲの強い絆を思ったに違いないが、私にはウブヲがビビッて逃げ出そうとしているように見えた。

私はウブヲの腕をさすりながら、オジサン俳優達を集めた芝居のことをグズグズと喋った。

「ウブヲが居ないとできないよ」

ほとんど愚痴と泣き落としだった。

 

泣き落としでウブヲが起き上がるはずもなかった。

翌朝、訃報を聞いた。やはり陽子さんからである。結局、集中治療室に転がっているウブヲに会えたのは、十月劇場関係者では私だけだった。奇跡のような幸運を、私にウブヲの危篤を知らせてくれた陽子さんに心から感謝したい。

この日はEricoの芝居の初日だった。ウブヲは予約を入れていた。きっと今夜劇場に行くに違いないと思ったら、涙があふれて止まらなくなった。

まりえとKAZUHOにメールを入れて、劇場の片隅にウブヲの席を作ってもらった。

 

ウブヲ、隣の席に座っていたのは、私の娘だよ。

気恥ずかしかったでしょ、と思ったらまた泣けてきた。

 

明日、Ericoや麻理枝と会いにいく。

| 羽生まゆみ | - | 06:43 | - | -
大パニック

洗濯機の給水ホースが水栓から外れたときの水漏れ事故がどんな状況になるものか、ご存知の方は少ないと思われる。私自身、とんでもなく大変ということはなんとなく聞いていたが、実際の状況は私のイメージをはるかに越えるものであった。

空青く晴れ渡った晩秋の午前中、私も洗濯に大忙しだったが、あっちでもこっちでも洗濯機は回っていたに違いない……もちろん1003号室も。

 

ふと、キッチンでミョーな音がしていることに気づいた。シンクに水が落ちる音である。水道を閉め忘れたのだろうか。それにしては音がデカい。何だか変だ。

様子を見に行って腰が抜けかけた。なんと、天井から滝のように水が流れ落ちていたのである。

滝は一つで治まらなかった。抜けかけた腰を立て直す間もなく新たな音が加わったのだ。玄関だ! このときはもう「1003号室がやらかしやがった!」とわかっていた。洗濯機の給水ホースが外れていることも。ぼーっとしているヒマはない。頭に浮かんだのは「電話をしなくては」であった。どこに? 管理会社だ。携帯を手に取った。その時、居間に三つ目の滝が出現した。

どひゃーっ!

そばにはパソコンがある。ノートパソコンとデスクトップの両方を大わらわで避難させた。

そんなあいだも滝はますます勢いを増している。さあ電話だ。ところがどこを押せばいいのかわからない。ラインを開いたりEメールを開けたりめちゃくちゃである。ああ、私パニックに陥っていると思った。

電話帳アプリを見つけた。これだ。だが今度は管理会社の名前が思い出せない。電話帳の「あ」から順番にさがしていき「み」で見つかった。こういう時お友達の少ない私はラッキーである。これがKAZUHOやEricoだったら登録件数が多すぎて明日の朝までかかるだろう。

 

長くなるので管理会社との細かい遣り取りは省く。とにかく「早く来てくれ」と叫びまくった。

耳にスマホを押しつけたまま階段を駆け上がる。1003号室のドアをノックし、ドアノブを回して引っ張った。あら? 開いた。居るの? 洗濯機の回る音が聞こえた。

私は奥に向かってわめいた。

「ちょっと! 何やってるの! 洗濯機のホースが外れてるわよっ!」

休日を楽しんでいたに違いない青年が「へ?」という顔で出てきた。

不幸中の幸いだった。これですぐに水は止められる。

「洗濯機! 水! 早く止めて!」

休日男子はなんだかわからないという顔でいったん引っ込み、再び出てきた。

「ホース、外れてたでしょっ」

「はい」

「うち、水漏れでとんでもないことになっているんだからねっ!」

「すみません」

私は役者を怒鳴るときと同じくらいの声を張り上げた。

「すみませんじゃすまないわよ!」

シマッタ、携帯はまだ管理会社と繋がったままである。

「ごめんなさい。今の1003号室に言ったの」

「はい、わかってます」

「とにかく早く来て。生易しい水漏れ事故じゃないんだから。すごいんだから。滝みたいに落ちてるんだから」

「わかりました」

電話を切ってから青年に、

「一緒に来て」

二人で階段を下りた。

玄関に立ち、二人で流れ落ちる滝を眺めた。

青年は言った。

「ホースが外れるとこんなふうになるんですか?」

わりと落ち着いた声だった。

私は答えた。

「そうだね。なるみたいだね。なってるよね」

この時点ですでに怒りは収まっていた。なんかもう笑っちゃいそうになっていた。

 

この後、大量の給水シートを抱えてやってきた、本人言うところの「施工会社の下請けの下請け」という人とのやり取りも面白かったが、ここまでの書き込みですでに長すぎるのでこれも省く。

 

重ねて不幸中の幸いと言うか、不幸中の幸いが二個あればたいした物だが、滝は電化製品を避けるように落ちており、滝の大きさの割に被害は小さかった。

1003号室の兄弟はちゃんとしており、夜、兄がビシッとスーツを着て挨拶に現れた。菓子折持参である。

「弟がごめいわくをおかけしました」

私は「もう怒っていないから」と言った。それから、こうも付け加えた。

「今後一生私に使い倒されることになるんだからね。重たいもの動かすときは呼ぶからすぐ来てよ」

実際、間近に濡れたカーペットの取り換え作業がある。カーペットはすでにAmazonに発注済である。

「わかりました。いつでも呼んでください」

いい子だ。私の男優たちよりよほど役に立つと思った。

 

そんなわけで電話番号を訊き、しばらくしてスマホの電話帳に登録した。

すぐさまラインが来た。

「登録しました」

びっくりした。ひょんなことから貴重なライン友達ができた。

 

「おやすみ」のスタンプを送っておいた。

 

| 羽生まゆみ | - | 01:21 | - | -
フェアリーたち

新体操の世界選手権。フェアリージャパンのお嬢さん方が団体総合で銀メダルを取ったというニュースが入ってきた。俄かには信じがたい出来事である。

「ブルガリアは出ていなかったの? イタリアは?」

本当に失礼な私。

大急ぎでスマホ検索をかけるも金がロシアだったことくらいしかわからない。

翌日、今度は種目別のボールで金メダルを取った。金!

そんなわけで昨夜は夜中に新体操の録画中継を観て楽しんだ。結果がわかっているから落ち着いて観ることができた。ところが結果を知らなかったフープ・クラブ種目でも銀を取ったから眠りかけていた目がピッカリ覚めた。いったいいつのまに、フェアリージャパンはこんなに強くなったのだ。

おめでとう、フェアリーたち。きついお稽古の様子をTVで観たことがある。頑張ったね。

点数から言ってもロシアの尻尾は確実に見えている。五輪での団体総合金もあながち夢ではないぞ。

ああ、打倒ロシアをアーティスティックスイミング(シンクロ)ではなく新体操に託すことになるとは。まったくもって信じられない。

 

強化本部長の山崎浩子さんがTVにちらっと映った。お若い。奇跡の若さだ、バケモンだ。現役だったロス五輪のころとちっとも変らない。8位入賞だったことやボールのパフォーマンスをはっきりと覚えている。技術は上位と差があったかもしれないが、しなやかさがウリのヨーロッパの選手とは違う、独特の力強さが好きだった。髪型もお団子じゃなくてポニーテールだったのだが、それがとてもかっこ良かった。

山崎さんに一つお願いがある。素顔はとっても可愛らしい妖精たちの、あのヒドイお化粧をなんとかしてほしい。あれではあんまりだ。可哀そうだ。

数年前に見たとき「今回のメンバーはとってもスタイルが良いのにちょっと顔が惜しいな」と、ファンの勝手さで勝手なことを思っていた。でもお稽古場の素顔の彼女らはみんな、びっくり仰天の美人さん。となりで練習していたロシア選手にも負けていなかった。

なんで大切な本番でわざわざブスにするのだろう。アーティスティックスイミングもそうだが、スポンサーに化粧品メーカーが入るとこうなっちまう。

「審査員のみなさんに表情がよくわかるように」とか「立体感がポイント」などとステロタイプの御託を並べて、せっかくの美人さんをブス顔にしてしまうのだ。「シンクロやバレエや新体操のメイクはこういうもの」と決めつけるのではなく、それこそアーティスティックな頭の持ち主がメイクサポートに入って、可愛らしいお嬢さん方をますます可愛らしくしてほしいと願うのである。

山崎さんはヘンテコなメイクはきっぱりやらなかった。そういうところが好きだった。

 

私はうちのフェアリー達には、メイクについてもあれこれダメ出しするよ。5回行われる通し稽古のときに必ずメイクはチェックする。役柄なんか関係ない。どんな役でも美しくあることは必須条件だ。舞台では正真正銘の妖精でいてほしい。

ダメを出しても言うこときかないけどね。どーも全体的に薄いのが不満である。「唇赤くしろ」と言ってもききゃあしない。

こんなことを書いていたらEricoがメイクが激しく下手だった頃のことを思い出した。

まだ劇団を揚げる前のこと。衣装・メイク合わせのとき、プロデュース兼主演の中村さんに叱られた。

「おいっ、誰かEricoにメイク教えてやれ!」

 

Erico24才。若き日の思い出である。

| 羽生まゆみ | - | 23:47 | - | -
オジサン・フォー

昔の役者仲間ウブオが長年お勤めした西武を早期退職したとのことで、お祝いの集まりがあった。山中さんが集合をかけて、ソニーや陽子さんや中村さん、またチカとも久々に飲めてうれしかった。

ウブヲの就職が決まったとき、みんなでおめでとうと言ったのを覚えている。私や仲間の多くがアルバイトをしながらの役者生活だったから、慶応大学から一流企業に就職をしたウブヲは、もう眩しい別の世界の人だった。それまで真っ当な人とはまったく思っていなかったが、やろうと思えば真っ当な人にもなれるんだと思った。

就職おめでとうから退職おめでとうまでの時間……今日まで切れそうでついぞ切れなかった私たちの長い月日を思う。

 

で、これから真っ当じゃない生活が始まるわけである。ウブヲの芝居への思いは消えることなく、身体の奥にチロチロと、熾火のように在ったのね。

心持ちがスッキリしたウブオは見た目までスッキリして、お肌はツヤツヤして若返ったように見える。見た目ってメンタルが影響するとあらためて思った次第。前に稽古場で会ったときはなんだか具合が悪そうで心配したものだ。

もっとも私はあの人もこの人もみんな「具合が悪そうだ。死ぬんじゃないか」にしてしまう癖がある。痩せていても太っていても、食欲がなかったり少し顔色が悪いだけで、「死ぬんじゃないか」と心配になる。頼むからみんな、私の前に登場するときはなるたけパリッとして、右手に菓子パン、左手にバナナを持って現れてほしい。

なんかもう、心配するのは嫌だ。耐えられない。私には心配事がたんとある。特に、エアポとイナゲさんとセイちゃんが独身なのが気がかりだ。

 

話が逸れた。

というわけで、お肌ツヤツヤのウブヲは芝居を打つ気満々である。昨日の席でもみんなにオファーをかけていた。私には「演出か女優のどっちか選べ」と言う。

Ericoが即答で「出ますよ」と了解して、さすが私の役者だわとほれぼれした。かっこ良かった。これは私に演出をやれということなのだろうかとちょっと考えたりしたが、よくわからん。いずれにしろEricoに説得されたら私は演出を受けてしまうので、しばらく会わないことにしよう。今の私に女優はもちろん演出も無理だ。

もっともホンのオファーは「喜んで書く」と、これは私も即答した。過去の作品をオジサンたち用にリメイクする仕事は楽しそうである。Ericoは「『地下室のダンディ(ロング・グッドバイ)』が良い」と言っていた。出演者の一人だったチカも「あれはオジサンがやった方が合うかも」と賛成であった。

さっそく頭の中でウブヲ、ソニー、中村さん、山中さんのオジサン・フォーが動き始めている。しかしこれは危険だ。正式に決まってもいないのに動き始めるとたいがいぽしゃる。まだ真面目に考えない方がいいと、急いでオジサン・フォーを頭の中から追い出す私であった。

 

山中さん、お疲れ様でした。こういう時に集まりをかける山中さんを本当にすごいと思う。尊敬する。

 

| 羽生まゆみ | - | 02:18 | - | -
難しいお年頃(練習生日記6)

久し振りに羽生ノートを開けてびっくり、8月は一回も更新していなかった。

ダラダラ病が悪化して、家に居るときはたいがいソファにごろりんと寝転んだまま過ごしている。芝居に対する意欲も湧いてこないし、何を書く気もしない。もういいの。このまま一生ダラダラする覚悟である。テレビ観ながら死んでやる。

 

ボクシングの練習だけは楽しい。玉組HPの掲示版にジムでの姿をアップしたが、白いグローブがとても似合っているのがおわかりかと思う。洋服は何を着てもたいがい似合うがまさかグローブまで似合うとは予想していなかった。こうなってくるとフェンシングのスーツや剣なんかも似合いそうだ。自分が恐い。

ただ、何でも似合うと豪語するわりにはボクシングの練習着だけはもうひとつパッとしない。練習生の皆さんに合わせてスパッツとショートパンツの重ね履きをしてみたりするのだが、これがどうにもオトボケた感じになってしまうのだ。たぶん足が短かすぎるのが敗因だと思う。残念である。

何を遠慮しておる、自由に好きな練習着を着ればいいじゃないかと言われそうだが、ダメダメ、あまり目立ちたくない。周囲に溶け込んでいたい。同じでありたい。何しろジムでは年齢が圧倒的に上である。ムキダシの頑張った格好して「勘違いした運動オタクのババア」などと悪口言われたら舌噛んで死んでしまいたい。

チラホラお見かけする20代30代の女子練習生とも、もう少しこっちが上手になってから張り合う予定である。もちろんいずれ張り合う。今は大人しくしているほかはない。

 

前にも書いたがトレーナーの皆さんは感じが良くてとっても親切である。「バカっ」とか「センス悪すぎ」とか罵倒されない。あまりにも優しいので、まさか私を年寄り扱いしているんじゃないでしょうねと疑念を抱くこともある。それはそれで舌噛んで死んでしまいたい。

メンドクセーなあとお思いだろうが、実際私は難しいお年頃なのである。『取り扱い注意』とオデコに貼っておきたいくらいだ。

毎回違うトレーナーの指導を受けられるのが楽しい。指導にもそれぞれ個性があって、たとえばミット打ちなど、フォームをあまり気にせずガンガン打たせてくれる人も居れば、ひとつひとつ細かく指導してくれる人も居る。だから飽きない。こちらも皆さん20代30代の指導者である。しかし私はきっちり敬語で話している。馴れ馴れしくならないよう、これはもう本当に肝に銘じている。

 

突然話題は変わる。

私はかねてより「平等」を標榜する共産主義国家に独裁者が生まれるのが不思議で仕方なかった。

私たちは今、民主主義国家が共産主義国家に変貌していく過程を、間近で見ることができているのかもしれない。それが良いとか悪いとかという問題ではない。その国の国民がそれを望むのならば、よその国の人間がとやかく言う筋合いではない。(とりあえず安全保障の問題はこっちに置いておいての話だけど)

私の長年の疑問が解けるかもしれない。今大騒ぎになっている反日やらなんやらは表面的なことである。あちら様の反日行動を批判したり気分を悪くしたりしている場合ではない。

ものすごいお勉強の機会を与えられていると、私自身は思っている。

| 羽生まゆみ | - | 11:04 | - | -
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