羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
悪口ファイル(体幹トレ日記77)

前回のブログを書き終わってからトレーニングへ。

この日の担当はアッキーラであった。さっそく前日の一件を愚痴がてら報告する。

「昨日、体験レッスンあったでしょ? 私、その体験の子よりダメらしいよ」

「そういえば(カルテに)動けるって書いてありましたね」

「え? 」

念のためにもう一回訊いた。

「なんて?」

「動ける」

「‥‥‥」

もはやアッキーラの台詞は耳に入らぬ。ショックだ。私が『悪口ファイル』と呼んでいる個人別カルテに、「動ける」とほめてあったらしい。

く、く、くやしーーーっ!

悔しかったのでこの日は頑張った。チンニング、プッシュアップ、キックにパンチetc.  怒りで乗り切った。

終わってロビーでプロテインをいただきながらアッキーラに訊いた。

「私の体験レッスン、カルテに何て書いてある?」

アッキーラはカルテをぱらぱらめくりながら、

「担当は誰だったんですか?」

「ヒロさん」

心の傷口が少し開いた。

「『やる気はある』って書いてありますね」

笑った。そうか。ギリギリほめてあった。

やる気はある‥‥これこそ私だ。今日まで続くやる気が、体験を受けたこの日から始まったのだ。

やる気はの「は」が言外に悪口を匂わせているが、まあいい。

体験レッスンの光景があまりよく思い出せない。人見知りなので緊張していたのだろう。

私の記憶にあるヒロとのいっちゃん最初の光景は腹筋トレだ。それが体験のときだったかはわからない。膝を立てて寝転がった私に片手を差し出して、つかまるようにと言った。(つかまった手を支えにして上がったり下がったりするのだ。)

私は手にたくさん汗をかいていて申し訳なかったから、何度も手をウエアにこすりつけて拭おうとした。すると、

「汗なんか気にしなくていい」

厳しい顔と口調を覚えている。

そうか、気にしなくていいんだと私は思った。気が楽になった。私は無駄に気を遣う性格だからね。

覚えているのはそこまでだ。それから腹筋をやったはずだがまるで思い出せない。

なんてことを考えていたら、マズイ、また心の傷が広がった。

急いで話を変える。

「どうせ私のカルテ、悪口しか書いていないんでしょ」

アッキーラは顔に悪い笑みを浮かべながらカルテを調べた。

「×と△ばっかりですね。○はないです」

×と△って‥‥答案用紙かよ。採点していないで言葉で記入しろっつーの。たぶんみんな語彙の蓄積が足りなくて文章を書くのが面倒なのだろう。

「『トレーニング中トイレに行った』って書いてあります」

どうでもいいようなことは文章にしてある。バカだ。

 

いつかカルテをひったくって全部に目を通したい気もするが、どうせ×や△ばかりじゃなんのことだかわからない。ここに体幹トレ日記を書いておいて本当によかった。記憶をたどるよすがになる。

記憶はいつしか薄れていく。ヒロとの日々もいつか忘れてしまうのだろうか。

ユーキとの日々は残り3回分くらいしか思い出せない。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 22:43 | - | -
負けず嫌い(体幹トレ日記76)

アキ担当のトレーニング中に、不貞腐れそうになった。

「体験レッスンの女の子よりできていない」

と言われたからである。

アキは私がデキル人ぶっているのが鼻につくらしく、ちょいちょい私の鼻をへし折ってくれる。

その体験の子が顔も知らない相手ならよかったのだが、たまたま入会説明を受けている場に私もおり、彼女が帰る際には「お疲れさまーァ」と余裕の挨拶までしていたのでさあ大変。悔しいったらありゃしない。

「そんなにできる子なの?」

私が訊いたらリュウドまで、

「バレーボールやっていたから」

私のご機嫌が悪くなるのを承知でこの言いようである。わざとだ。絶対わざとだ。

子供を育てるときは他の子と比べてはいけないということを知らないのか。あやうく不良になりかけたが「喜怒哀楽を出し過ぎると負ける」という横綱稀勢の里の言葉を思い出してなんとか冷静になった。そして10圓離廛譟璽箸鯑上高く掲げてランジウォークをする私であった。負けるもんかっ。

でも不貞腐れたい。今後しばらく、「できていない」と言われたら「私、バレーやっていなかったから。演劇部だから」と言い返す日々が続くと思う。

 

メンタルが弱いから帰宅の電車の中でずっとへこたれていた。体験の子よりダメだとしたら、いったい私はこの2年半、何をやっていたのだということになる。

しかし10圓離廛譟璽箸鯑の上に抱えて歩く人がどのくらいいるだろうと考えたときに、そうたくさんいるとも思えず、多くの人が10垰ち上げずに生きているのだと思うと優越感に少し気持ちが楽になった。

もっともほとんどの人が持ち上げたくもないだろうから優越にあまり意味はない。

ま、いいや。うだうだ考えるのはよそう。

「うちは体幹トレーニングのスタジオなのにまったく体幹がダメ」

アキの言うとおりだ。私はぽけっとしていた。生ぬるかった。鍛えるぞ、体幹!

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 20:22 | - | -
ぴょんぴょん

『サンタクロース〜』のキャスト発表を心待ちにしていらっしゃる方も多いのではあるまいか。初演をご覧になったお客様はもちろん、スタッフ他関係者、そして私も。

悩んでいる。ヤングチームをどうするかに尽きる。こっちの役者をあっちに置いてみたり、そっちの役者をこっちに置いてみたり、あれをこーすればそれはどーなるかと、ほとんどパズルゲーム状態である。ホンが先の芝居はこれだから困る。ヤングチームを全員女の子でやれないことはないが、やはりどこかに、せめて一人男の子を置きたい。

実は近く待望の20代男優と会うことになっている。ドキドキだぜ。

「性格と見た目さえ良ければ芝居なんぞヘタでもいい。二ヶ月の稽古で私が立派な役者にしてやる」と豪語してきた私だが、今回ばかりは緊張する。ドキドキだけど、でも楽しみだ。早く会いたい。

 

ついこの間、少年役にぴったりの男子に気付いて笑いそうになった。灯台下暗しとはこのことだ。

他でもない、ここにしょっちゅう登場するトレーナーのアッキーラである。少々胸板が厚いが小柄だし、先だって二十歳になったばかりだし、見た目もいいし、なんと言っても身体がきく。ジャンプ種目が得意だから、舞台上をぴょんぴょん跳ねまわるだろう。

初演を知っている人達はアッキーラを見て「ほんとだーっ」と叫ぶよ。初演で少年を演じたイサムに、やんちゃそうな雰囲気がとてもよく似ている。

問題はアッキーラが役者じゃないことだ。トレーナーやめて役者になればいいのに。

さて、そのアッキーラとの先週のトレーニングはぴょんぴょん祭りだった。一時間以上ずーっとぴょんぴょんさせられていた。足に重りを巻いて、ランジジャンプやスクワットジャンプのサーキットをやった。ジャンプとジャンプの合間にプッシュアップ15回を挟み込む。これは堪えた。

少し前に「ぴょんぴょん種目が一番嫌い」と口を滑らせたのが敗因だと思う。アッキーラは指導相手が弱音吐くと苛めたくなる性質なのだ。悪い性質である。

しかしぴょんぴょんはねえ、これはある程度年齢のいった人にはホント、無理だから。体力がないのを気合いでカバーできる、という種目ではないのである。どんなに気合いで飛び上がろうとしても飛べないものは飛べない。バネの問題だと思う。もう伸びきっちゃっているのだ。

私なんぞヤクルトジャンプと悪口言われている。ヤクルトの高さしか飛び上がれないからだ。無念である。

 

私は嫌いだが、ヤングチームの役者には舞台をぴょんぴょん駆け回らせるよ。

可愛いチームが組めたらいいな、と願う。

 

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 06:35 | - | -
春だ(体幹トレ日記75)

イッチーが私のファンだと言う。芝居関係ではいっこうにファンが増えないが、スタジオ関係では着実にファンを獲得しつつある。

嬉しかったのでアッキーラに訊いた。

「私が可愛いからかなあ」

アッキーラはめんどくさそうに答えた。

「羽生さんの年でこんなきついことやっている人が全国でも珍しいからじゃないですか」

私が珍しい生き物ってか。ふん、私はダイオウイカじゃないぞ。

まあいいや。「全国でも」が面白かったので許してあげる。アッキーラは蓄積している語彙が少ないぶん、面白い単語の使い方をして私を喜ばせるのだ。間違っているわけではないのだがなーんか微妙ってところが好き。

入会してまだ間もないイッチーのトレーニングを何回か拝見した。いつも「無理〜イ」と高い声音でわめいているので、2丁目のオネエサン系おじさんだと思っていたら、外資系の会社にお勤めするデキル37才と聞いてびっくりした。

37才! 私が得意とする年頃だ。まさかここを読むこともないと思うから書くが、シルエットからオジサンだと想像していたのである。この前ロビーで会って初めてアップで見たら確かに若かった。シルエットって大事。そのシルエットをなんとかするために入会したのだろう。頑張れ、イッチー。私も入会した当時のシルエットはイグアナだった。

 

もちろん今だって完全にイグアナから脱したわけではない。下腹のアメーバはいまだくっついたままである。取れん。

前回は身体をゴム紐で引っ張られる変態プレイトレーニングであった。腰にベルト状のものを巻かれ、そこからゴム紐が伸びている。そのゴム紐をリュウドが引っぱったり緩めたりしながら私をもてあそぶトレーニングである。トレーニング自体も屈辱的だが、ベルトの上にブニョッとはみ出たアメーバがほんと情けなかった。

そこは見ないようにして頑張った。この頃わりと調子が良い。気合いも入っているし楽しい。なのでトレーニングもだんだんきつめになってきた。この間はいよいよベンチで50圓鮖たせてくれたよ。胸から7冑發い燭世韻世辰拭

 

さあ、春だ。

昨年5月の公演でKAZUHOにもらった胡蝶蘭が再び花を咲かせ、プランターの椿が大量に蕾をつけ、ヒヨドリがミカンを食べにやってくる。

気持ちを、明るく持ち続けたい。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 06:46 | - | -
スランプを抜ける(体幹トレ日記74)

朝、トレーニングへ出かけようとしていたところに、Ericoから電話がかかってきた。歌舞伎座のチケットがあるが今日時間はあるかと言う。喜びで身体が10僂らい浮いた。

「行く!」

時間なんぞ、なくても作る。なにしろ本日の歌舞伎座ということは、中村屋の御曹司兄弟が出演する舞台ではないか。日本中の歌舞伎ファンが喉手のチケットなのである。

やばい、絶対泣く。2月に入ってから兄弟の初舞台のことを考えただけで涙ぐんでいた。ポケットにハンカチが入っているかチェックし、それからほっぺたにチークシャドウを塗りつけた。せっかく歌舞伎座に行くのにオシャレなお洋服に着替えるヒマがなく、せめて塗りつけておこうと思ったのだ。

 

それにしてもやばいぞ。トレーニング終了から開演時間まで約3時間。体力の回復が図れるだろうか。観劇中に落ちてしまったら元も子もない。

このごろ調子が上がってきたのでトレーニングもきつめになってきた。なので疲れる。相変わらずトレーナー達には「弱音ばかり吐く」と叱られるがそんなことはない。一時に比べるとかなりやる気を取り戻しつつある。

先月は身体も心も調子があんまりよくなかった。環境の変化に気持ちがついていけなかったのだと思う。調子が悪すぎて、若いアッキーラにさえ「今はスランプと考えればいいんです」と励まされたくらいだ。

そう、スランプは誰にでもある。そしていつか脱する。

この頃は久しぶりにサーキットが復活したし、重たいものをたくさん抱えているし、ベーシックスリーという専門用語を覚えて使いまくっている。(ちなみにベーシックスリーとは、ベンチプレス、スクワット、デッドリフトのこと)

今日も楽しかった。本日はプランク祭りだった。足に重りを巻かれた上でいろんなバージョンのプランクをやった。

途中リュウドにほっぺたが赤いことを見破られた。

「赤い。チーク塗ってきたの?」

「うん」

ケタケタ笑っていた。

それから、初ものの種目で顔も知らない相手と競争した。

「昨日31才の男性会員に同じ種目をやらせたけどできなかった」

リュウドがこんなことを言って私の心に火を点けたのだ。

「おーっし、やってやる!」

そしてぐったり疲れた。自爆である。もうっ、今日はなるたけ疲れないようにしようと思ったのに。

この話をEricoにしたら、

「知らない人と戦ったんですか?」

「うん、31才でムキムキという情報しかない」

「本当に羽生さんは戦うのが好きですよね」

「好き」

 

で、歌舞伎座ではずっと泣いていた。詳しいことを書こうとするとまた泣きそうになるので書かない。

舞台に、亡くなった勘三郎の姿が見えた気がした。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 03:30 | - | -
雅紀、長野へ

雅紀が長野へ行ってしまった。

生活の基盤を東京から長野へ移したのだ。長野は演劇の盛んなところだと聞くし、いろいろの事情や考えあってのことだろう。しかし私には、私は雅紀のなんの力にもなってやれなかったという悔いだけが心に残った出来事だった。

私は本当にダメだ。いい年して、しかもそれなりの立場でもあるのに、役者らの私生活に立ち入ることにいつもなんらかの躊躇がある。「羽生さんにそんな権利はない」と言われるのが恐ろしいからだ。どんなバイトをやっているのかも訊かないようにしているくらいである。

とまあこんな具合に私が人との絆を作るのがヘタなのは、私が臆病者だからだ。ごめん、雅紀。

なんてことを言っているが、雅紀は幸福いっぱいで旅立ったのかもしれないのである。勝手な勘違いも私の得意技である。

 

雅紀が私の芝居で主演することに変わりはない。稽古の2ヶ月間は東京に戻る。

この間KAZUHOや伸一郎と飲んだ際に、じゃあその期間中は私んちに泊まればいいのではないかという話になった。

私は言った。

「いいよ。徹夜で稽古できる。部屋の家具を動かして舞台セットをつくる」

『サンタクロース〜』の舞台セットは「詩人八歩の部屋」だから、当たらずとも遠からずの私の部屋である。とりあえず本はいっぱいある。(HPの作品紹介を参照してね。舞台セットの雰囲気がわかるよ)

伸一郎が笑って、

「でも相手役は全部羽生さんがやることになりますよ」

「ぐへっ」

そりゃいかん。チョー面倒くさい。しかも雅紀に「羽生さん、そろそろホン放してください」などと言われたヒにゃあ屈辱で憤死する。(自慢じゃないが私は自分で書いた台詞が1コも頭に残っていない)

元気でね、雅紀。元気ならとりあえずなんとかなる。そして太るな。詩人が太っていては絵にならん。

 

さてと、今日は土曜日なのにトレーニングがない。なんてことだ、予約が入れられなかったのだ。芝居の稽古と旅行以外の理由で土曜日にトレーニングができないのは入会以来初めてである。先週の土曜日に予約を入れ忘れたのだが、まあ大丈夫だろうと油断したら翌日曜日にはすでに埋まっていた。呆然となった。

仕方ないね。私自身のミスであって誰かに文句をいう権利はない。ただ‥‥‥ただ、たくさんの土曜日を思い出して胸が痛い。

そうえば、会員のみなさまの「体調」と「平等」のために、マンスリー会員は予約を週2.5回以内にするようにというお達しが更衣室の洗面台に貼り出されてあった。ならば私も休むことに慣れていかなければならないのかもしれない。貼り紙の前で悲しみに浸っている場合ではないのである。

なにしろ、体調と平等のためなのだから。私たち会員のことを気遣ってくれているのだから。

 

とは言え、お達しに初めて気付いた日、そのときだけ何度も読み返したが、以来悲しすぎて貼り紙には顔も向けないようにしている。あっち見ながらヘアドライヤーのコンセントを抜くときが一番大変である。抜きづらい。

 

| 羽生まゆみ | - | 00:25 | - | -
ごめん、麻理枝

「羽生ノートの1月号はまだですか」

麻理枝にそれとなく催促された。

麻理枝も大変である。羽生ノートに限らず「催促」は細心の注意が必要だ。何をきっかけに私がバクハツちゃうかわからないからだ。私がピキーン!となったら麻理枝は猟師に出くわした熊のように一目散に山へ逃げ帰らねばならない。とっても大変。

もっとも私のバクハツは最近とみに減った。いろんなことに腹が立たなくなってぽけ〜としている。こんなことでいいのかとふと思ったりもするが、もちろん麻理枝は「そんなことでいいの」と言うだろう。

でも感謝しているのよ、麻理枝。あなたが居なかったら私はバイオリンも衣装も手に入れることができなかった。何もできない。

誰かに電話をかけることを考えただけで息が詰まるし。私こそまぎれもない性格破綻者だ。よくわかっている。

 

なんてことを書いているうちに2月になった。

羽生ノートがまるまる一ヶ月飛んだのは2〜3年ぶりだ。

まずい。誤解される。最後の書き込みが『体幹トレ日記』で、担当トレーナーとの別れがテーマだったから、それが原因で私がへこたれていると思われる。冗談じゃない。トレーニングシューズもグローブも新しいものに買い替えたりして、トレーニングは相変わらずやる気満々である。

「ヒロさんが居るときは特別扱いでしたが今後はそうはいきません。羽生さんも大勢の中の一人です」

と、言われはしないが何かにつけ無言の圧力は感じている。それでも負けない。

ついこの間KAZUHO、麻理枝、伸一郎、雅紀と飲んだときも自慢したばかりだ。

「ミット打ち過ぎて左コブシ痛めちゃってさあ」

スタジオでは痛みの告白はしないことを基本姿勢にしているが、外では自慢しまくりである。

「故障した肩の痛みとは一生つきあっていくしかないんだよね」

こんなクロートっぽいことを言うときがいっちゃん気持ちいい。特に「故障」が好きだ。

 

なんてことを書いている間にまた日にちがいっぱい過ぎてしまった。

とりあえず一度アップしよう。

なんのテーマもない、ひどい文章だ。麻理枝、ごめん。

 

 

| 羽生まゆみ | - | 23:14 | - | -
惜しまないままに◆並隆乾肇貽記73)

私は大丈夫だった。へこたれていなかった。怒っていたからだ。私はいつも悲しみを怒りに変化させることで自分のガラスの心臓を守ってきた。今回もそうするつもりだった。

25日はアッキーラと元気にトレーニングし、昨日ここへ書き込んだように、その後クリパを楽しんだ。ノブちゃんは大人で頭が良く、そしてヒロの件を知っても笑顔だったので、私のガラスの心臓はおおいに力づけられた。

正直言えば、私はヒロの退社理由をまったく信じていなかった。持病があることは知っていたし、それが退社の理由の一つであることは確かだろう。

しかし、ヒロの言う「突然倒れたらみんなに迷惑をかけるから」も、オーナーの言う「休むように言ってもここに居たら無理して働いてしまうから」も、私にはてんで説得力がなかった。

矛盾点はいくらでもあった。ヒロには「こんなやめ方をしたら、それこそみんなに迷惑をかけるだろう」と言いたいし、オーナーには「あなたは病気のヒロを見捨てる気か。近くに置いて見張っているべきではないのか」と言いたかった。

綺麗な言葉をそのまま信じるほど、私はうぶでも良い人でもない。私が聞きたいのは綺麗事ではなく汚い事だ。でもどうせ教えてはもらえない。羽生さんはスタジオの会員であって友達ではないと二人は口をそろえて言うだろう。友達ではない? そうだろうか。ヒロ、あなたがなんと言おうと、私はあなたが友達だったと思っている。あなたとオーナーを同志だと信じてきたように。

出過ぎたことを言っている。他人の私などにはわからない彼らだけの深遠な退社事情があるのだろう。

ふん、もう知るもんか。勝手にするがよい。

 

27日まで無事に過ぎた。気合いが入っていた。

27日は夕方からトレーニングがある。リュウドとアキに会いたいと思った。思ったら元気が出た。

やっと夕方になって、リュックを背負ってさっそうとスタジオへ向かった。

そして脇道からスタジオのある商店街に出たとき、それは突然やってきた。感傷が、雪崩を打って私に襲いかかってきたのである。あせった。一度堰を切ったらとんでもないことになる。私はくるりと後ろを向き、スタジオの方は見ないようにしながら何度も深呼吸を繰り返した。

コバエのようにブンブンまとわりつく感傷を振り払いながらスタジオに入ると、リュウドとアキはトレーニング中だった。会員証をカウンターに置いたそのとき、そこに貼られた店長退社の貼り紙に気付いた。

愕然となった。私なんぞまだマシだった。多くの会員は別れを惜しむどころかサヨナラも言えず、こんな紙切れ1枚で納得するしかないのだ。なんてことだ。

仕事中のリュウドとアキに挨拶しながら更衣室に入り、涙の出かかっていた自分の目を鏡越しに睨みつけてやった。大丈夫。今日も私はかっこいい。

着替えてロビーへ行くと、リュウドがカウンターに居た。彼は悪戯っぽく笑いながら、「羽生さん」と、違う言い方で3度私を呼んだ。私はそのたびに「何よ」と答えた。また泣きそうになった。

ああ、私は年が半分のこの青年の親切に、今日までどれだけ支えられてきただろう。そして今もまた支えられようとしている。

リュウドは言った。

「入れるときは、羽生さんは全部俺が入りますから」

私は言った。

「約束しない方がいいよ。リュウドも私もつらいことになるから」

リュウドは可笑しそうに笑った。

「言ったでしょ。入れるときはって」

打てば響くように言葉が返ってくる。私たちは、友達だ。

 

ヒロ。

あなたが望まなかった別れの感傷だから、私もまた望まない。惜しめなかった別れを、ただ淋しく思うだけだ。

感謝を含めて思うところはたくさんある。だがまだここには書けない。

いつか、ここに書けるようになったら、そしたら死ぬほどたくさんの悪口を書いてやる。

あなたが大嫌いだった。私が出会った、あなたは第三人目の性格破綻者だ。

それでも、あなたが好きだった。私は性格破綻者が嫌いじゃないのだ。

 

サヨナラ、私のモヒカントレーナー。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 03:24 | - | -
惜しまないままに 並隆乾肇貽記72)

25日。トレーニングが終わった頃、ご近所に住む会員のノブちゃんが一羽丸ごと、手作りのローストチキンを持って来てくれて、アッキーラ、オーナー、ノブちゃん、私の4人で思いもかけぬクリパとあいなった。私は一日最後の客であることが多いから、時々こんな役得に恵まれる。

柔らかくて香りが良くて、これまで食べた中で最も美味しいローストチキンだった。お料理教室で作ったのだそうだ。デパ地下で買ったものとは全然違う。本当に美味しかった。ごちそうさま、ノブちゃん。

この席でオーナーが、何気なくノブちゃんに悲しいお知らせを発表した。

発表しているあいだ、私はお皿の中のチキンと格闘しているふりをした。アッキーラも格闘していた。

オーナーは言った。

「ヒロさんが昨日で退職したから」

ノブちゃんはびっくり仰天だった。

「ええーっ、なぜ? 店長なのに?」

まったくだ。店長なのに。

そのあとはパーティの間じゅう、故人を偲ぶようにヒロを偲んだ。彼の天才をみんなで思った。

それからノンアルのシャンパンに酔ってテンションが高くなっていた私は、オーナーを差し置いてアッキーラにきっちり説教した。

「ここで会員が減ったら、それはヒロのせいではない。残されたあなた達トレーナーのせいである」

私は怒っていた。ヒロに、オーナーに、なぜか自分自身に。

 

私が知ったのは二日前の23日。祝日の、この日も私は最後の客だった。

着替えてロビーに行くとオーナーが居た。それからヒロが笑顔でやってきてオーナーの隣りに立った。

ヒロは言った。

「羽生さんにお知らせがある」

ぞっとした私は急いで言った。

「嫌なお知らせなら聞きたくない」

「嫌なお知らせ」

私はいよいよクビになるのだと思った。もしくはリュウドがやめるのか。考えられるのはその二つだ。

「イヤだ。聞きたくない」

「羽生さんが最後のトレーニング。俺、今日でやめるから」

「え?」

意味がわからない。

「体調がよくない。ドクターストップがかかったので静養する」

仰天した。

「あなた、私より先に死ぬの?」

二人が同時に「それはない」と言った。ヒロは笑いながら。オーナーは真面目に。

当然ながら私は大騒ぎしたが、これが最後のトレーニングになるなら一分でも時間が惜しいと思い、取り直せない気を取り直し、言われるがままに走り、ミットを叩き、それからバーベルを持ち上げた。トレーニングの間じゅう、何がおかしいのか彼はずっと私の顔を見ながら笑っていた。ケラケラと声を漏らして笑うことさえあった。

トレーニングが終わりいつものようにお礼を言おうとすると、

「早く着替えてこい」

私にぽいとバスタオルを渡してロビーへ行ってしまった。

シャワーのあと私がロビーへ行くと、今度は更衣室の掃除に行ってしまった。なによっ、今掃除なんかしている場合かよ! どうやら私としみじみ別れを惜しむ気はないらしい。

オーナーは何も言わなかった。ただそこに居るだけだった。何もしなかった。私は冷蔵庫の野菜室で忘れられている、余った野沢菜みたいに怒っていた。萎えた身体で怒っていた。

帰宅し、少し考えてからリュウドに電話をした。

リュウドがこの件を知らないはずがない。けれどもし知らないのだとしたら、私はリュウドには知らせておくべきだと思った。それが大人ってもんである。リュウドがちゃんと考える時間と余裕を持てるように。惜しむことができるように。私のようにあわあわしなくてすむように。ヒロに、言うべき言葉を見つけられるように。見つけるヒマもなかった私のようにならないために。

 

電話は通じなかった。あとでわかるのだが、リュウドは知らなかった。スタッフは翌日、24日に知ることになる。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 23:27 | - | -
アッキーラと二人きり(体幹トレ日記71)

先だっては久し振りに20才トレーナーのアッキーラが担当だった。

前日モヒカントレーナーから「明日はアッキーラと走れ」と言われていたのですっかり外を走るのだと思い込んでいた。ところが走らないと言う。

私は文句を言った。

「だってラン用のお衣装しか持ってきていないよ」

アッキーラはちょっと困った顔をした。私のご機嫌が悪くなるのを警戒したものとみえる。私のご機嫌はごくたまにだが悪くなることがあり、その日がちょいちょいアッキーラに当たる。

前夜はアレ着たりコレ着たりのファッションショーだった。ランにはランの、筋トレには筋トレのお衣装がある。トレーニングというのは私にとっては未知の世界だったので、最初のうちは何を着ればいいのかよくわからなかった。今は『Tarzan』で勉強したのでわかっている。(もうちっとお尻がぴんとしていたらスパッツ系のボトムにしたいところだが、さすがにそこまでずうずうしくはない。)

トレーニングのお衣装は細身でむき出し。これに尽きる。一方、冬のラン衣装は露出度が少ない。Tシャツタイプである。

で、トレーニングが始まると私のテンションは早くも下降ぎみである。

「こんなお衣装じゃやる気が出ない」

するとすかさずアッキーラは言った。

「大丈夫です。今日は鏡見てるヒマはありませんから」

おおっ、言ったよ。私のやる気に俄然火がつく。

モヒカントレーナー以外とミット打ちをやったのも初めてである。神の左、悪魔の右と言われる私の強烈なパンチに耐えられるかと心配になった。

1セット終わったところで私は訊いた。なにしろほら、悪魔の右だから。

「大丈夫? お手々痛くない?」

「全然。痛くなりたいくらいです」

このように羽生さん相手にけっこう言うようになったアッキーラであった。

あれもやった。私がいっちゃん嫌いなやつ。スケートボード。どんな種目かというと、ツルツル滑るシートの上をスピードスケーターのように腰を落として右へ左へと滑るのである。言葉で説明すると簡単そうだがこれがものすごくきつい。テニスの錦織くんがやっているのをTVで観たことがある。お尻と太腿を鍛える。心拍も上がる。ホント、嫌い。スタジオへ入ったときにこのシートが広げられているのを見るとゲロ〜ンと心が沈む。

この日も上手にできなくてアッキーラにすぐ諦められた。

「羽生さんできないから卒業にします」

そしてシートをくるくる巻き始めた。

私は言った。

「中退だね」

余談だが、こんなふざけたことをモヒカントレーナーに言うのは危険である。怒りスイッチを押すことにもなりかねない。巻き始めたシートをもういっぺん広げられてしまうだろう。

もちろんアッキーラは怒らず笑ってくれた。

最後にベンチをやりたいと言ったら、

「(羽生さんが嫌いな)有酸素を早めに切り上げたいからでしょ。ダメです」

見抜かれている。

でも結局やってくれたよ。

 

あー楽しかった。やっぱり私はトレーニングが好きだ。

プロテインをいただきながら少し話した。

「羽生さんが(一日の)最後だとやっぱりいいですね」

そう言ってアッキーラはおおらかに笑った。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 02:12 | - | -
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< March 2017 >>

このページの先頭へ


みんなのブログポータル JUGEM