羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
好きにすればよい

『サンタクロース〜』のホン書き作業が楽しい。と言ってもほとんど直していないけど。

性別を変更したキャラの性格付けが主な仕事だ。そんな作業を通して新しいキャラクターが私の頭に沁み込んでいく。

ついでに上演時間を短くするためにカット作業もする。喋るのを楽しみにしていた台詞がなくなっても、役者はそれでいちいち傷ついたりしないでね。

 

そんなことを書いているさなか、麻理枝から電話があった。10月の(雅紀抜きの)稽古は何回くらいやればいいかという質問であった。

はああーーー? 知るかそんなもんっ。それでまた麻理枝相手に意地悪くブチ切れてしまった。すまん。

どうして10月の稽古の回数なんぞ考えなくてはならなのだ。どうしてかというと、雅紀のせいで本格的な稽古が11月からしか始められないからだ。玉組の歴史の中でこんなことは初めてである。だから「前例に倣って稽古スケジュールを組む」といういつものやり方ができないので、麻理枝は途方に暮れているのだ。

しかし私こそが途方に暮れる。稽古スケジュールなんぞいっぺんだって組んだことはない。私に訊いたって無駄である。

前例にならって稽古スケジュールを組んでほしいのは私の切なる願いである。2ヶ月かけて1コマ4時間、50コマの稽古時間を確保する。木曜日は昼から夜にかけてたっぷり稽古する。ラストの5日間は本番の衣装をつけての通し稽古。これが私の身に沁みついた「公演に向けた稽古」である。ずーーーーーっとそれでやってきた。それが私の稽古場、玉組の稽古場だ。ふざけんな!

10月に何回稽古するかなんて雅紀に訊け。自分は出ないのだからスケジュールなんぞ組みたい放題である。私は雅紀の言うとおりに稽古場へ行く。

誰がいつ休みたいだの早引けしたいだの昼間の稽古は出られないなど、いちいち私に報告するな! 知らん! 休みたい役者は雅紀に連絡して雅紀に了解をもらえ。役者たちは好きなだけ稽古を休めばよい。自由にやればよい。いちいち私に言うな。

 

旗揚げ当初から私が休みを許さないとか外部出演を許さないとかさんざん悪口を言われてきた。しかし悪口を言われる覚えはない。結局私は許してきたではないか。私が許そうが許すまいが、役者たちは自分の思う通りにしてきたではないか。思う通りになってきたではないか。今回もなったではないか!

役者たちは私の批判をすることで甘い自分を正当化し、ストイックではない自分に目をつぶることができたのだ。それが役者だ。

そして、さんざん自分に甘いくせに、悪夢のような滑舌のくせに、滑舌の稽古さえしないくせに、「売れている俺」「テレビに出ている私」だけはうっとり夢想する。バカだ。

 

今回も同じである。これまでそうだったように、私が何かを許さないなんてことはない。役者は自由だ。好きにすればよいのだ。稽古の回数など役者たちで決めてもらってけっこう。休みたかったら休んでもらってもよい。

野田秀樹になれなかった私は与えられた条件の中でやるだけである。そうするしかないんだから。

 

私が野田秀樹だったら10月の稽古日数のことなんて考えなくていいのに。あー悔し。

なんだよ、稽古日数って。ホント腹立つ。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 01:47 | - | -
絶好調

『サンタクロース〜』のホンにかかっている。登場人物の性別が何人か違うので、まずざっとそれを直す作業を続行中である。

というわけで改めてじっくり読み直しているわけだけれど、面白い。謙遜しても白々しいから謙遜しない。私についている演劇の神様も当時まだ元気で、絶好調の頃だったのだろう。神様も今では老いた。

もっともすらっと書けちゃうのは今も同じである。構成を壊すのが嫌で突っ込み場所がわからなかった長台詞も、「おお、こんなところに!」と意外なシーンで突っ込めた。このときも「私ってば天才」と思った。とにかく書き始めれば、なんの努力もなしに「ぽあん」と解決策が思い浮かぶ。台詞もぽあんぽあん出てくる。

ちょびっとだけのシーンだけれど新しい台詞だから、一瞬新鮮。なかなか良い長ゼリだよ。お楽しみに。

 

調子に乗っているぞ、私。調子に乗り過ぎてバチが当たらないように気をつけねばならぬ。

でもたまにはこんな自信満々の時期も必要だ。なにしろ一年のうち四分の三はジメジメしている。一年のうち九ヶ月も梅雨だと、これはきついよ。私に春のようなおおらかさが年がら年中あれば、私の人生も随分違っていたのではないかと思う。

こんなにジメジメクヨクヨしていて20年以上もよく芝居が打ってこられたなあと思うのだが、一方腹をくくったときの強さと潔さは人並み以上だから、そのおかげでなんとかなったのかもしれない。長いことジメジメしていた分、覚悟さえ決まれば迷いはない。

そんなわけでたった今、上演を目論んでいた企画が潰れたがあまりへこたれていない。玉組がブレイクしなかったのは役者がバカタレだったからだという、かねてよりの疑念がはっきりして、気分がすっとしたくらいだ。私のせいじゃなかった。前々からそうじゃないかと思っていたのだ。

私はへこたれていないが、よけいな傷を負わせてしまったEricoと、巻き込んでしまった役者には心から詫びたい。でも近い将来必ずやる。

まずは『サンタクロース〜』に集中せねばね。ともすれば気持ちは稽古場に飛ぶ。特に、ヤングキャラを担う麻理枝、佳美、優太の三人はこれまでにない厳しさを経験することになるので、それこそ覚悟して稽古場入りしてほしい。

麻理枝と佳美は私の芝居で初舞台を踏んだ文字通りの子飼いである。優太とて舞台経験は一度か二度だから、私の責任はきわめて大きい。

私に残された時間はそう多くはない。役者を育てておきたい。私の芝居と私の意識を引き継ぐ役者を育てておきたい。三人には私のダメを、覚えていてほしいと願うのだ。

 

さあ次! と力が湧いてくる。『サンタクロース〜』のこともあるが、他にも何かがうごめき始めたのを感じる。行動せねばと思う。

まず来月、久々に映像の女優をやるよ。エロい作品だというので「おっ、いよいよ脱ぐか」と張り切ったら、

「羽生さんは脱ぎません」

あっさり断られた。断固たる拒否であった。遠慮しなくていいのに。

でもまあ現場に入ったらどうなるかわからないので、いちおうトレーナーにも言って撮影日までに身体は作っておきたいと思う。ニベアもぬりぬりしておかねば。

 

プロだね。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 07:05 | - | -
激しく怒る

100%のキャンセル料にビビったことはある。

大昔のことで原因がなんだったかも忘れたが、とにかく激しく怒って公演の中止を決意した。この時私が電話をしたのは、当時Ericoと一緒に制作仕事を一手に引き受けていた平井由紀である。

劇場のキャンセル料を調べてほしいと言ったら、由紀は「わかりました」と言っていったん電話を切った。この後Ericoとの相談があったのかはわからないが、とにかくかけ直してきた由紀は言った。

「この時期だともう100%払わなくちゃいけません」

「‥‥‥」

ビビった。もはや中止にはできないと思った。

ところが、これが大ウソだったのである。Ericoもそうだが、面倒が起こった際の彼女らの頭の回りっぷりは、私なんぞまったくかなわない。

 

そんなこんなで私がすっかりやる気をなくしていた頃、Ericoから「お茶をしましょう」というメールがあった。新百合ヶ丘まで来るという。新宿ではなく、新百合ヶ丘というところがミソである。「わざわざ感」と「思いやり感」が発揮されている。

「そっかあ、Ericoは私を説得しに来るか」と思った。

この瞬間に、私は一ヶ月で芝居を仕上げることを受け入れたと言える。中止にするのは中止である。Ericoが説得に出張れば、どうせ私は説得される。

というわけで「説得」の時間を省き、さっそく私達は打合せに入った。

最初に決めたのは、野枝子役は三浦研でいこうということだった。野枝子を男子の役に書き直して研にと思っていたのだが、研は「出演したいが稽古に出られない日がある」ということで、私は決断を先伸ばしにしていたのだ。30歳前後の女優を他に当たってもいた。

しかし稽古時間が充分にとれなくなった状況で、「私の役者」以外の役者を使うのはリスクが大きすぎた。私のダメがすこんすこん腹に落ちる役者じゃないと間に合わない。研でいく。この状況で研が稽古を休むはずはない。

次に10月をどう使うかなど、具体的なスケジュールを話し合った。それから、この危機を役者たちに知らせる役目を、Ericoに押し付けた。残りの時間は雅紀の悪口である。

 

役者たちの反応はおおむね同じだったようだ。

「あーあ、マサ兄ぃがやっちゃった」である。それと「稽古場の羽生さんが恐ろしい」だ。

一人くらい、長野まで雅紀を蹴りに行ってくれる役者はいないものかと期待したが、しょせん無駄であった。

研にいたっては不謹慎にも笑いが止まらぬようだった。

「マサ兄ぃのおかげで出演できる。マサ兄ぃ、ありがとう」というわけである。

 

長野で地震があった。

「羽生さんの怒りが長野を揺らした」

役者たちがそう噂していると聞いた。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 07:03 | - | -
激しく怒る

長野に居る雅紀からメールがきていた。「電話したいので都合の良い時間を教えてほしい」という内容だ。

どよ〜んと気持ちが暗くなった。役者からあらたまった電話があるとほとんど嫌な話だからである。ろくなことはない。「電話していいですか」とメールがくると、携帯を窓から捨てたくなる。

そうはいかないので、とりあえずさっさと片付けるべく雅紀に電話をかけた。出なかった。

で、Ericoに電話した。たいがいの役者は、まずEricoを相手に稽古してからやっと勇気を出して私に電話してくるので、Ericoなら何かを知っていると思ったのだ。

いきなり私は言った。

「どうもよくないことになってきた」

電話の向こうでEricoが小さく笑った。それを聞いてやっぱりEricoが知っていることを知った。

私は静かに尋ねた。

「降板するの?」

「いえ、降板はしません」

とりあえずホッとする。しかし、これよりほかの「よくないこと」が思いつかない。

「じゃあ何なの?」

Ericoの話を聞いて仰天した。こんな大マヌケな話は聞いたことがない。なんと雅紀は玉組の公演と稽古の日取りを勘違いして、10月末に松本で行われる演劇フェスの仕事を入れてしまったというのだ。

「はあああああああああああああ?」

「つまり11月1日からしか稽古に参加できないということです」

「だって、雅紀は主役だよっ」

「そうです。主役です」

なんということだ。バカだバカだと思っていたが雅紀は本物のバカだ。

「いったい私にどうしろと言うの?」

「稽古は11月1日からにするしかないですね」

一ヶ月で作品を仕上げるとEricoは言っているわけだ。

「休みなしの殺人的スケジュールになる。他の役者のことだってある」

「逆に役者たちは燃えると思いますよ」

私は燃えない。燃えるとしたら心ではなく頭だ。焦りまくってキイキイなっている自分の様子が目に浮かぶ。落ち着いて創りたい。キイキイなりたくない。

 

納得できないままEricoとの電話を切った。納得なんかできるわけがない。するつもりもなかった。怒りで吐きそうだった。

切った瞬間、雅紀からの着信があった。出なかった。一生出ない。ガン無視である。

それから、麻理枝にメールを送った。

「公演を中止にする可能性があるのでそのつもりでいるように」

麻理枝は飛び上がっただろう。そしてEricoにメールするに決まっている。

あとでわかるのだがまったくそのとおりだった。

Ericoは麻理枝に指令を出した。

「もし羽生さんに劇場のキャンセル料はいくらだと訊かれたら、『100%かかる』と答えること」

ふんっ、なめられたものだ。100%のキャンセル料にビビる私じゃないぞ。

 

次回へ続く

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 12:49 | - | -
当日パンフ

衣装さんとの打合せがあった。

そう、『サンタクロース〜』はサンタの衣装が5着も必要なのである。

初めてお会いした衣装のカナさんはとてもデキル女で、打合せはずんずん進んで大変ありがたかった。もっとも私がしゃべった台詞は3つくらいで、ほとんどEricoがイロイロ言っていた。演出なんだから何かしゃべらんとカッコがつかんと思うものの、例によって「おしゃれなのがいい」などと、なーんのヒントにもならない抽象的なことを言うだけの、いつもの私であった。

カナさんは麻理枝が送った初演台本をちゃんと読んでいて驚いた。私だったらサンタが登場するとこだけとりあえず読んであとはごまかす。

でもって「卓次がいい」という感想を聞いてさらに驚いた。あのホンをさらっと読んだだけで卓次というキャラの良さがわかるとはそうとうな読解力である。聞けば演出家で、作家の相方がいらっしゃるらしい。つまり他の人が書いたホンを読みなれているのだ。私とは違う。なにしろ私は自分が書いたホンさえ読みたくないからね。カナさんがデキル演出家であることは間違いない。

 

この場で『サンタクロース〜』の当日パンフを久々に読んだ。何かのヒントになればと思ったのだろう、麻理枝が台本と一緒に送ったのだ。彼女はこの当パンもちゃんと読んでいた。そのせいで私に会うのに緊張したと言っていた。

私は笑った。

「悪口ばっか書いてるから?」

そして13年前に書いた「ごあいさつ」を読んでみた。

びっくりした。とっても怒っている。なにしろ劇団員でもない渡辺一哉の悪口まで書いてあるのだ。

知らない人のために説明すると、一哉は劇団員ではないが「私の役者」で、私が最も愛した役者の一人である。今でも思い出すと胸がきゅんとあったかくなるのは、一哉が私にいつも優しかったからだ。そんな役者はめったにいない。

その一哉が私のオファーを断ったので激怒していた。でも怒りの正体は悲しみなのだと思う。私はいつも悲しみを怒りに変えることで自分のガラスの心臓を守るのだ。

上記の卓次は、一哉に当てて書いたキャラである。

 

さて今回の当パンのごあいさつも悪口で埋めるよ。雅紀の悪口だ。雅紀の役者紹介は写真削ってでもたっぷり悪口書いてやる。

いやいや、良く考えたら当パンまで待つ必要はなかった。次回、ここにたっぷり書く。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 17:01 | - | -
空気の転換について

あー楽しかった。二日間の稽古が終わった。もっとやりたい。

役者たちはおみごとに台詞を入れていた。特に研は雅紀の代役なのにほとんど完璧に入れており、私は内心、私だったら代役なんぞじゃ絶対やる気出ないな、と思った。もちろん内心でつぶやいただけで声には出さない。みんなにケーベツされるからね。せっかく頑張った研だってボーゼンとしちゃうだろう。

本番の舞台を終えたばかりのトミーも居た。真面目である。トミーは稽古に来られないと聞いていた。なのでトミーシーンは抜かして稽古すると言っておいたのに、なんと役者達はぜーんぶ台詞を入れてきていた。えらいなあ。このときも私は内心、私だったら絶対台詞覚える気にはならないな、と思った。

そんなわけでプロローグの最初から稽古することができた。面白かった。面白かったのはもちろん役者が上手いからではなくホンが良いからだ。このヘタどもめらが稽古によってだんだん良くなり、しゃきーんとした姿で本番の舞台に立つことになるのだからホント不思議。

そしてお客さんに「羽生さんは良い役者さんをお持ちで幸せですね」なんて言われちゃうのだ。冗談じゃない。

 

この日の稽古は空気の転換について何度かダメを出した。

空気の転換とは何か?

たとえばプロローグ。

芝居というのは内容がどんなに複雑でも2時間で物語を完結させなくてはならない。そのためにどうしたって不自然なところが出てくるのだが、これを観客が不自然に感じないよう作者(演出)はあらゆる手を使う。その一つが空気の転換である。

プロローグではサンタクロースが学生たちに、生後3日の赤ちゃんを1年間育ててほしいと頼むわけだけれど、2時間の物語の都合上、学生たちは10分で「育てる」と決意しなくてはならない。

ありえない! みんなで、せめて1時間の話し合いがほしいところだ。

そこで私はゆっくり空気の転換を図るのだ。キャラクターたちは決意に至る「気持ち」を台詞で説明しない。そんなことをしていたら時間がかかってしょうがない

役者達は「気持ち」とは全く関係のない台詞をヒントに、静かにゆっくり「決意」に向って心を動かしていく。その心の動きとともに舞台上の空気が動く。これが空気の転換だ。「サンタへの不信」からいつの間にか「育てる」に空気が転換している。

これは上に書いたように時間という物理的な都合によるものであると同時に、私の「好み」でもある。

短時間で決意させる方法なんて他にないこともないのだ。たとえば主人公の八歩が強引に「育てる」と言い張り、他の三人が同意するしか道がなくなるとかね。八歩が「育てる」と言い張った理由はあとで本編に入った段階で発表すればよい。

 

ところで「育てる」という決意表明の台詞は、プロローグにはない。ただ空気をそのようにしているだけだ。その方がずっといい。その方がずっと観客の胸に沁みると信じている。観客の想像力を喚起する芝居、それが良い芝居だと信じている。

「台詞」は何を言うかではなく、何を言わないかだとつくづく思う。

 

役者たちに「ペラペラ内容しゃべってんじゃねーよ!」と怒られそうだな。

大丈夫。まだ7ヶ月も先である。 

7ヶ月もあれば私なら絶対忘れる。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 22:58 | - | -
へなちょこウォームアップの衝撃

稽古はいつもどおりウォームアップから始まった。その後発声と歌へと続き、芝居の稽古へと進んでいく。

それにしてもウォームアップが大マヌケだった。腕立て200回をこなす私の目からみるとあまりのヘボさにあきれるばかりだ。どうして今日までこんなヘボいウォームアップを許してきたのかわからない。羽生さんともあろう私がとんだ大失態であった。

私が「バカみたいだ」と言うとEricoが言った。

「どこに効いてんだって感じなんでしょ?」

そのとおり。

腹筋種目は腹筋なんぞにまったく効いておらず、あんよをパタパタするだけの運動だった。なんじゃ、これ? と私は思った。

元来私は腹筋種目が大へん苦手である。トレーナーたちには叱られてばっかだ。特にアキなんぞは私のあまりのひどさに我慢しきれず「ぷっ」と笑ってしまう始末である。そのあともずっとクスクス笑っている。

でも違う。今わかった。役者たちを見ていてわかった。私はヘボくない! ヘボくないぞっ! ヘボくないどころか優秀な女であった。トレーナーたちは私にウソをついている。

よく考えたらプッシュアップが200回できる同年代の女が、たとえば新宿区内にどのくらい居ると言うのだ。一丁目から三丁目までをあわせてもおよそ10人くらいだと思う。荒木町と富久町を入れたって15人に欠けるだろう。(もっとも市谷本村町を入れるとぐっと増えそうな気はするが。あそこには防衛省がある。文官とは言え強そうだ。)多摩市は同年代が多いと思うので、全域で勘定すると20人くらいは居るかもしれないが、20人で競争すれば負けず嫌いの私は上位だろう。いずれにしろ新宿区だろうが多摩市だろうがどんと来いなのである。

いったい何の話をしているのかわからなくなった。相変わらず知らない人と競争している私である。

とにかく、とにかくである。役者たちがこれではいかん。こんなへなちょこなウォームアップでは。

プッシュアップとプランクとランジを追加しよう。これなら私も指導できる。いつも私が言われていることをそのまま言えばいいのだ。なんなら私が見本を見せたいところだが、むき出しのウェアを着ないとやる気が出ないので、稽古場ではやめておいた方がいいだろう。私のやる気が出ても、むき出した私を見て役者のやる気が萎えてはなんにもならぬ。

 

稽古の後は居酒屋へ。楽しかったので私もノンアル梅酒(最近覚えた。チョーおいしい)とトマトジュースを2杯おかわりした。

『狐の姫〜』の思い出話に花が咲き、『サンタクロース〜』の希望を語り、昔私がどれだけ恐ろしかったかを千歳が言い立て(もはやこれは千歳の居酒屋におけるネタとなっている)、それから雅紀がデブになっているのではないかとみんなで心配した。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 05:12 | - | -
プレ稽古

『サンタクロース イン トーキョー』のプレ稽古。

あー面白かった。なにしろ私にはまだお気楽な稽古だからね。演出席に座ってお菓子食べながらケタケタ笑っているだけだった。次回7日にはダメもガンガン飛ばすだろうが、ホン持って芝居している役者にあーだこーだ言ってもしかたない。

途中「ホンがじゃまだね」と言ったら、研がすかさず切り返してきた。

「それは僕らもおんなじです」

笑った。確かにみんなホンの取り扱いにアップアップしていた。これは一つには、この日配られたばかりでクリップなどでとじられておらず、バラで持っていたという物理的な問題もある。しかし何よりも、玉組の稽古場ではホンは持たないというオキテが、役者の身に沁みついているからだと思う。

麻理枝や佳美なんぞは玉組生え抜きの役者だから、特に「ホンを持って立つ」のに抵抗がある。気持ち悪いのだ。よそ様に出演したとき「どうしてもやりづらくて台詞が入っていないのにとっとと捨てた」と佳美が私に報告したことがある。こういう報告は私にはとっても気分が良い。「私の役者どーよ」の心もちである。

実は役者たちの多くはホンが大好きだ。いつまでもいつまでもホンを手に稽古したがる。(もちろん演出家によってはうろ覚えの台詞で稽古するよりはホンを持ってやった方がいいという考え方の人もいるから、それはそれでよいのだよ。否定するものではない)

いつまでもホンを持ちたい気持ちは役者だった私にはよーくわかる。台詞がすぐ出てこないのはまず恥ずかしいもの。かっこ悪いんだもん。だからできれば「完璧」に入れてから離したい。

もう一つは、これは経験の浅い役者にありがちだが、舞台上の空間や時間を埋められないとき「ホンに逃げる」ことができる。埋められずに困った時、ホンに視線をやれば「困った」から解放されるのだ。これは舞台上に置いてある「小道具に逃げる」と同じ心理である。そこにコーヒーカップがあればそれを飲み、ぬいぐるみがあれば頭をなでてやる。

そして私に怒られる。

「逃げてんじゃねーよ! 耐えろっ!」

 

長野在住中の雅紀の代役で三浦研が稽古に参加した。プロローグと一場だけなら来週仕上がるんじゃないかというデキで、私は笑いをこらえることができなかった。

研がどういう経緯で『サンタクロース〜』の初演を観たのか忘れたが、とにかく初めて玉組を観たのが『サンタクロース〜』だったのだ。気にいったのだろう、ロビーで売っていた脚本を買って帰った。当時まだ大学生だった。

そんなわけで、スジも知らない他の役者と比べて一人だけ次元の違う芝居をしていた。

私がほめると研は笑って、

「DVDまで観て予習してきましたから」

そうか、DVDも購入していたのか。ファンじゃん。

研は雅紀や匡人とは違う自分なりの「詩人の八歩」を創っていて、それが私には楽しかった。

 

ホンを買ったといえば稽古に初参加した優太も、公演中のロビーで『狐の姫と詐欺師たち』の脚本を買っていて、まあこの時点でオーディションに合格したも同然だった。

あとは佳美、麻理枝、優太で役をどう振るかだったのだが、稽古を観て優太の夏生でやることにした。できれば男の子でやりたかったし。稽古中、立ち位置に困っている様子を見て決めた。本当にダメな役者は立ち位置に失敗していることにさえ気付かない。自分の居る場所に満足したまま喋る。7日の稽古で動けるかはっきりするが、たぶん大丈夫だと思う。

優太、死ぬ気でやれ。一生に一度あるかないかの大役である。それは麻理枝と佳美にも言える。『サンタクロース〜』はヤングチームがストーリーを紡いでいく芝居だからだ。アダルトチーム(アイビーハウスの住人たち)は秘密が多すぎて肝心なことが喋れない。

まあ大役を楽しむ余裕もない日々になるだろうが。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 05:43 | - | -
ぴょんぴょん

『サンタクロース〜』のキャスト発表を心待ちにしていらっしゃる方も多いのではあるまいか。初演をご覧になったお客様はもちろん、スタッフ他関係者、そして私も。

悩んでいる。ヤングチームをどうするかに尽きる。こっちの役者をあっちに置いてみたり、そっちの役者をこっちに置いてみたり、あれをこーすればそれはどーなるかと、ほとんどパズルゲーム状態である。ホンが先の芝居はこれだから困る。ヤングチームを全員女の子でやれないことはないが、やはりどこかに、せめて一人男の子を置きたい。

実は近く待望の20代男優と会うことになっている。ドキドキだぜ。

「性格と見た目さえ良ければ芝居なんぞヘタでもいい。二ヶ月の稽古で私が立派な役者にしてやる」と豪語してきた私だが、今回ばかりは緊張する。ドキドキだけど、でも楽しみだ。早く会いたい。

 

ついこの間、少年役にぴったりの男子に気付いて笑いそうになった。灯台下暗しとはこのことだ。

他でもない、ここにしょっちゅう登場するトレーナーのアッキーラである。少々胸板が厚いが小柄だし、先だって二十歳になったばかりだし、見た目もいいし、なんと言っても身体がきく。ジャンプ種目が得意だから、舞台上をぴょんぴょん跳ねまわるだろう。

初演を知っている人達はアッキーラを見て「ほんとだーっ」と叫ぶよ。初演で少年を演じたイサムに、やんちゃそうな雰囲気がとてもよく似ている。

問題はアッキーラが役者じゃないことだ。トレーナーやめて役者になればいいのに。

さて、そのアッキーラとの先週のトレーニングはぴょんぴょん祭りだった。一時間以上ずーっとぴょんぴょんさせられていた。足に重りを巻いて、ランジジャンプやスクワットジャンプのサーキットをやった。ジャンプとジャンプの合間にプッシュアップ15回を挟み込む。これは堪えた。

少し前に「ぴょんぴょん種目が一番嫌い」と口を滑らせたのが敗因だと思う。アッキーラは指導相手が弱音吐くと苛めたくなる性質なのだ。悪い性質である。

しかしぴょんぴょんはねえ、これはある程度年齢のいった人にはホント、無理だから。体力がないのを気合いでカバーできる、という種目ではないのである。どんなに気合いで飛び上がろうとしても飛べないものは飛べない。バネの問題だと思う。もう伸びきっちゃっているのだ。

私なんぞヤクルトジャンプと悪口言われている。ヤクルトの高さしか飛び上がれないからだ。無念である。

 

私は嫌いだが、ヤングチームの役者には舞台をぴょんぴょん駆け回らせるよ。

可愛いチームが組めたらいいな、と願う。

 

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 06:35 | - | -
出会って別れて、再会す

当パンやここでも書いたかもしれないが、5月の公演で最も嬉しかったことのひとつが、森垣千歳との再会だった。千歳が役者復活したと聞き、出演したゆにっとさんの公演を観て、それから後日呼び出してオファーをかけた。

最初はぐずぐず言っていた。

「その日のバイトの現場がどこになるかわからない。稽古場から遠いこともある。玉組は遅刻が許されないので無理かも‥‥ぐずぐず」

こんなぐずぐず、粉砕するのは簡単だ。

「立場上遅刻を許すことはできない。遅刻したときはいさぎよく私に怒られろ」

私に怒鳴られまくっていた昔の光景がよみがえったのか一瞬おびえた表情を見せたものの、千歳はオファーを受けた。

嬉しかった。千歳に対する後ろめたさをずっとひきずっていたことは、それを知っている私の役者たちの誰かが証言してくれるだろう。あんなに叱ることはなかったのだ。意味のない叱り方をした。後悔は常に私の胸にあった。このつかえを取り除くには、もう一度一緒に仕事をすることだと知っていた。千歳が役者復帰するのを、再会できる日を、待っていた。

飲んで話をしたのは昨年の今頃ではなかったかと思う。とても大人になっていた。私を、恐れなかった。

 

役者との出会いと別れは運命である。

私は運命論者である。人はどのように生まれどのように死ぬのか、それは生まれ落ちた瞬間に決まっているように思う。あとは、どのように生きるかだけが、本人にゆだねられた仕事なのではあるまいか。「運命を切り拓く」というやつである。

しかしそれを言えば、どのように生きるかで出会う人々も違ってくるわけだから、出会いは偶然のようにも見える。それでもなお私は、出会いは必然であると思えてしかたない。

私の性格や生き方から想像すれば、本来私は劇団なんぞ揚げていない。私に劇団を揚げさせたのは中神との出会いがあったからであり、そのとき同時に創立メンバーとなる役者たちに出会ったからである。彼らに会っていなかったら劇団なんぞ絶対に揚げていない。私はそれまでがそうであったように、雇われ演出家として気楽な芝居作りをしながら幸福であっただろう。

演劇の神様が彼らとの出会いを仕向けたのだと信じている。その後の出会いと別れも。再会さえも。そう考える方が、ただ偶然出会ったと考えるよりずっと素敵だと、ファンタジー作家の私は思うのである。

 

『サンタクロース イン トーキョー』は運命がテーマのお話ではないが、お話の中に出会いと別れと再会が描かれている。

再会を果たした主人公たちの喜びを思うと泣きそうになる。(誰と再会したのか書けないのが残念である。)千歳ごときとの再会さえそこそこ喜んだくらいだから。

 

その千歳も、『サンタクロース〜』の出演者である。

 

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 04:53 | - | -
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