羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
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浴衣にまつわるひどい出来事

匡人とEricoが会ってから、その後匡人と連絡が取れなくなった。Ericoのメールになかなか返信がないという状況である。

やっと来た返信は、お父さんが亡くなってからお母さんの精神状態が悪く、ケアのために関西の実家に居るというものであった。このとき私達は、これを信じた。

いや、もしかしたら信じていなかったのかもしれない。しかしそれを口にすることはできなかった。だって「死」や「精神状態」という問答無用の理由を前にすれば、たいがいの人間は怯む。それにたてついたら人でなしと思われるではないか。人でなしと思われるのが嫌だったから、私達はこれを信じた。

Ericoから「匡人は芝居に出る気もなければ浴衣を返す気もないらしい」と電話がかかってきたのはそれからしばらくしてである。そう判断するしかないメールのやり取りがあったらしい。Ericoはすっかり絶望しており、もう匡人には二度とかかわり合いたくないので『オバイヴ』の上演はあきらめてくれという話であった。

あきらめたくなかったがあきらめるしかなかった。私にはわからなかった。いったいなぜ匡人は浴衣なんぞがほしいのだ。いったい誰が着るのだ。十年以上Ericoが着てきた古着の浴衣を、いったいどうしようと言うのだ。私にはわからなかった。今もわからない。どうしてもわからない。どうして匡人はこんなものがほしのだ?

 

匡人は『オバイヴ』を上演したいという私の気持ちを利用してEricoから浴衣を取り上げた。オファーの電話の際Ericoに「会って話そう」と言ったのはそういうわけだったのだ。オファーを喜んだからではなかったのである。私はなんてバカでお人よしなのだろう。ここ羽生ノートに、匡人への愛を書き散らしてきた私は本当に恥ずかしいよ。

それはもうよい。どうでもよい。問題なのは、私のせいでEricoが浴衣を無くしたという事実だ。なんとしてでも私が取り戻さねばならぬ。

だが何度電話をしても匡人は出なかった。折電もない。ラインメールに返信もなかった。匡人がメールしてきたのは、私の「匡人、電話を寄越しなさい」にキレたからである。「寄越しなさい」がよほどお気に召さなかったらしい。

信じられないような逆切れメールだった。私へのメールにも「オトンの死」と「オカンの精神状態」という言葉が入っていた。だから私とゆっくり話している余裕はないのだと。私は、ゆっくり話す必要はないとメールした。Ericoの浴衣を送ってくれさえすればいいと。

匡人の返信は驚くべきものだった。匡人は私に「じゃんくさい」と言ったのだ。この私に。

一緒に芝居を創っている期間、私は匡人に叱られることもあったし、大きな声を出されることもあった。しかし、私に対して礼節を欠く言葉を使ったことはない。何かしらの配慮がそこにはあった。(匡人と別れる決意をした最後のミーティングを除いて。)「ごめんなさい」を言うこともできた。それが私の匡人だった。

「親一人死んで、形見がなにもない事考えてくれ」

これが浴衣を返さない匡人の言い分であった。

これも私にはわからなかった。形見が、Ericoにくれた浴衣しかないとはどういうことか。とても理解できない話だが、それにも増して理解できないのが、お父さんが他人にプレゼントしたものを形見の範疇に入れるその心の在りようである。これを形見と言うなら、それこそ形見は「なにもない」どころか無数にあるだろう。

どう考えても浴衣は、匡人ではなくEricoにとっての形見の品である。匡人のお父さんを偲ぶよすがの品である。

そしていずれ浴衣はEricoの形見として誰かに譲られる。

形見分けの際にもし私がその場に居たら、私は重々しくこう言うだろう。

「これはね、亡くなったEricoが役者仲間のお父さんにいただいた由緒ある浴衣なの」

それが形見ってもんである。ふだんから「身近」にあり「お気に入り」で、そして「謂れ(いきさつ)」があれば尚可である。

 

父親が他人にあげたものを形見とは絶対に言わない。

私にはわからない。10年以上もたった今になって、父親が人にあげたものをなぜ取り返そうとするのか。

浴衣のことを今急に思い出したわけでもあるまい。きっとずっと匡人の心の中にあったのだ。引っかかっていたのだ。この執着に驚く。理解できない。わからない。

わからないから、恐い。

執念が、怖い。

 

次回に続く

 

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