羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
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インパクトドライバー

舞台というのは想像もしていないことが起こるものである。装置のドアノブが取れちゃったことなど、役者時代を含めてこれまでいっぺんもなかった。びっくりだ。「ドアノブ取れちゃった事件」に遭遇した三日目マチネのお客様が、幸運だったのか不運だったのか難しいところである。「つまんねーなーァ」と寝そうになっていたお客さんにとっては、目の覚める大喜びの事件だったとは思う。

どのように対処するか劇団の真価が問われるところだが、はっきり言ってひどかった。スマートに対処したとはとても言い難い。

しかしこれは役者たちを責められない。なにしろモノはドアノブだったのだ。役者たちは舞台に登場できなくなったのである。これはビビる。落ち着けと言っても無理であろう。

最初の異変は三場だった。鹿乃子の登場シーンである。佳美が舞台に出てこなかったのだ。上手のドアがガタガタ音をたてている。どうやら佳美が押したり引いたりしているらしい。しかしドアは開かない。佳美の恐怖を想像して、私は客席で固まったね。

すると夏生が助けに行った。舞台側から引っぱると‥‥‥開いた! 袖側からは開けられないのだが舞台側は開けられるらしい。えらいぞ優太っ、と感心するのに忙しくて、そのときドアノブが取れたことに私は気づかなかった。

というわけでこれは後で聞いた話なのだが、このとき優太は取れたドアノブを袖へ放り込んだらしい。これは正しい判断だった。つまりドアノブが袖に転がっていたことで、舞台上で起こっている「大変なこと」に、舞台裏が気づけたからである。

袖に転がっているドアノブを発見したのは研である。

「こんなところにドアノブが?」

研にドアノブを見せられた舞監イナゲマンの心臓が一瞬止まったのは間違いない。

鹿乃子が登場できたので舞台上の芝居は進行している。次の登場は雪夜である。そしてやっぱり登場できなかった。舞台上の子供ら三人がそろって助けに行った。しかし開かない。そりゃそうだ、その時点ですでにドアノブは無い。どうやって開けたのかわからないが、なんか小さな穴を指であーしたとかこーしたとか言っていた。とにかくどーにかこーにかドアは開き、蒼白な顔の研が登場してきた。私は気絶しそうだった。

次の登場は八歩である。これは下手からだから問題ない。下手にドアは無い。

なんと雅紀はインパクトドライバーとドアノブを手に登場してきた。

おおっ雅紀! 修理するのか! すばらしい! 

感激して損した。雅紀がインパクトなんぞ使えないことを私はすっかり忘れていた。立て込みなんぞ大嫌いで、仕込みは車の運転しか役に立たない。違うドライバーだ。案の定、手が震えたのかネジを落として、それはどこかに転がってしまった。私はそこで気絶することにした。なのでバトンタッチした研がドアノブをくっつけた瞬間を私は見ていない。ごめん、研。

 

舞監から正しい指示が飛んだのだろう、暗転中の出ハケは無事だったようだ。四場の明かりがついたとき、オシャレしたアダルトチームは気取ってソファに集まっていた。ひとまずホッとする。

ドアノブはくっついていたが、開閉ができるのかどうか私にはわからなかった。それは夏生と鹿乃子の登場シーンでわかった。夏生がドアをドンドン叩きながら、「開けてーっ、開けてーっ」と叫んだからである。私は再び気絶したくなった。舞台側から八歩がドアを開けたとたん、夏生と鹿乃子がものすごい勢いで飛び出してきた。

「まるでニワトリ小屋から解き放たれたニワトリのようだった」

あとで雅紀が言っていた。

困ったのが純一演じる卓次である。

「待て待て! 気安く入るんじゃない。ノックをして返事を待つというのが礼儀というものだ」

の台詞が言えなくなってしまったのだ。だってノックしちゃったんだもん。

そこで純一はどもりながらこう言った。

「ノ、ノックして入ってきて、え、えらいぞ」

告白すると、私は笑った。これが笑わずにいられようか。Ericoもあとで「あれは危なかった」と言っていた。歯を食いしばって笑いをこらえたらしい。

今度困ったのは夏生と鹿乃子の方である。だって「幽霊に礼儀を期待しないで」と反抗しなければならないのに「礼儀正しいぞ」とほめられちゃったんだもん。これは雅紀が二人の台詞をすっ飛ばして自分の台詞でつないだ。やれやれである。

 

そんなこんなの大騒ぎであった。この朝私は前日の失態(台詞まっ白事件)について大激怒の稽古をつけたばかりだったのだが、そんなことがどこかに吹き飛んでしまう事件だった。台詞がまっ白になったとき周りの役者がどうフォローするかはさんざん教えてきたが、ドアノブがとれたらどうするかなんて教えていなかった。

なので事件のあと初めて指示を出した。

「こんど同じことが起こったら、千歳が当たり前のように入ってきて当たり前のように修理をして当たり前のように出て行け。その間舞台上の役者たちは何事もなかったかのように芝居を続けていろ。アドリブは禁止」

「そりゃ無理だろ」とEricoは思ったらしいが、私は大マジメの本気だった。

 

インパクトドライバーを手に登場する千歳を見たいと期待したが、楽日までついにその機会は訪れなかった。どんなにかっこよかっただろう。少し、残念だった。

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