羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
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私の稽古場

ここに何度も書いてきたが、私は自分の稽古場に絶対の自信を持っている。他は自信のないことだらけだが、稽古場だけは別だ。非力な私が曲がりなりにも20年以上芝居を打ってこられたのは、充実の稽古場あってこそである。

残念ながら役者は、私の稽古を受けても声が良くなったり、歌が上手に歌えたり、10回転ピルエットができるようにはならない。

しかし1回くるりんと回ったあとで客席にピカーンとフェロモンを飛ばせるようにはなる。それが私の稽古だ。

10回転とピカーンとどっちが役者としてのクオリティが高いかなんて比べるのは無意味である。10回転できる役者がピカーンもできたらそれにこしたことはないが、とりあえず今の私に10回転は必要ない。

でもホンを書いている途中で「このシーンはどうしても10回転がほしい」と思ったら話は別である。せっかくいいこと思いついちゃったのに役者が回れないからといって諦めることはできない。だから稽古場で稽古する。

10回転はやらなくても、私の芝居にはそこそこ歌シーンやらダンスシーンやらが出てくる。その度に稽古場で死ぬほど稽古する。『狐の姫〜』の時は殺陣があったからそりゃあ大変だった。役者達は稽古が終わった後も公園や道端で木剣を振っていたと聞く。

日舞をやったことも何度かある。やはり死ぬほど稽古をした。『母方のイトコ』で踊った八木節は名シーンだったと自負しているが、あのときの日舞稽古も過酷を極めた。とてもよく、覚えている。

 

私の稽古場はワークショップの場所ではなく、作品を創る場所だ。私は役者達とともに、創造することに注力する。

その創造の過程において、上記のような「技(ワザ)」を習得していく。

習得のために日舞の藤間紫恵乃先生やら殺陣師の森垣千歳先生やらに指導を仰ぐ。やると決めればぬるいことはやっていない。

こういった「技」の習得は役者の武器にはなる。(『プリンセス〜』の時は日舞の素養がある役者が複数居たのでとても助かった。)しかし、それと役者のクオリティとはまったく関係がない。私は役者たちに特段「技」を求めない。あればラッキーてなもんである。

日々技を磨いていないからといって「羽生の役者はクオリティが低い」などと思われるのは、また発言されるのは、まったくもって心外である。

 

次回につづく

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