羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
<< ゴリラの大胸筋、私の広背筋(体幹トレ日記99) | main | ふて腐れてはいかんのよ >>
シリウス、あるいは犬の星

良いお天気だ。秋が11月にずれ込んで、今年の11月は素晴らしいことになっている。

時々息抜きにベランダから多摩丘陵の紅葉を楽しむほかは、15日16日の2日間はPCの前からほとんど離れずホン書きに集中した。お腹も空かないほど没頭して、ついに一場を書き上げた。おおよそのストーリーも、ラストシーンも見えた。

ずっと書けずに鬱々としていたから開放感たらないね。私の日常は鬱々と晴ればれの繰り返しだ。鬱々も極端だし晴ればれも極端だ。本当はちょっと書けたくらいで調子に乗ってはいかんのだ。羽生ノートで自慢するとたいがい再び書けなくなる。

 

ライブハウスでやる1時間の二人芝居だから軽めのものをと思っていたが、結局重たい。いつもと変わらない本格的なミステリーファンタジーになりそうである。

タイトルは『シリウス、あるいは犬の星』。なーんか聞いたことのあるタイトルのような気がしてEricoやまりえに頼んで調べてもらった。「ない」とのこと。もし何か出てきたらEricoとまりえのせいだから。盗作だなんて言われたら屈辱で生きていられない。

私もネットで調べたがマルキ・ド・サドの小説のタイトルに「あるいは」がやたら出てくるらしい。

で、サドについてさらに調べを進めてみると、確かに、読んだことはなくてもたいがいの人が存在を知っている『悪徳の栄え』は正式な題が『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』だったし、『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』なんてのもある。

『ソドム百二十日』は『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』とのこと。なんだよ淫蕩学校って。びっくりする。

まあこれなら大丈夫だろう。真似したとは思われまい。

第一サドファンはサドの話をするとき「悪徳」とか「ソドム」とか言っている。まさかの「あるいは」とは、ヘンタイサドグループだって衝撃の新情報である。(ごめんなさい。知らなかったのは私だけだって可能性はおおいにある)

話がそれた。私の「あるいは」は淫蕩でもなんでもない。ご要望があるならそんなシーンを書いてもいいが誰も望まないだろう。Ericoと純一は特に望まないと思う。

 

まだ一場を書いただけだからね。

なのになぜこれほどご機嫌かというと、すでにオチやドンデンも思いついちゃったからである。一場を書いている間に思いついちゃった。タイトルだけだったのに。なーんにもなかったのに。これでは自慢せずにいられない。自慢すると書けなくなるというお馴染みのジンクスを背負ってでも自慢したい。

なにしろつい一週間前、この時点でホンは「屋根裏部屋。1970年ごろのグッズが雑然と散らかっている」という場所説明のト書きしか書かれていなかった。

このままでは稽古初日に間に合わないと思い、Ericoにメールした。

「なんなら稽古、年明けからでもいいよ」

Ericoからの返信は、

「本気で言ってます?」

本気も本気大本気だったが言えなかった。

で、誇り高い私の返信は少々冗談めかしたものになった。

「今この瞬間は本気」

「じゃ大丈夫だ。書けるから」

私は小さく肩を落とし、それから「たぶん」という返事を返した。精一杯の虚勢であった。

15日午前中にも「12月の稽古はなるたけ遅めに」なんていう未練がましいメールを送っているからよほど切羽詰まっていたに違いない。調子が出てきたのはこの日の夜からだったのだろう。

本気で、私はもう書けなくなったのだと思った。つかさんが晩年に新作を書かなかったように、劇作家はみんな年をとると書けなくなるんだと思った。

あー良かった。怖いよなあ。怖かったよォ。

 

さて純一、3曲歌うから死ぬほど頑張れよ。

| 羽生まゆみ | シリウス、あるいは犬の星 | 23:41 | - | -
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 23:41 | - | -
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

このページの先頭へ


みんなのブログポータル JUGEM