羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
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男女平等

ちょっと考えさせられる新聞記事を目にした。

カンヌ国際映画祭の記者会見で、アメリカの女性記者がタランティーノ監督に「才能ある女優を起用しているのになぜ台詞を与えなかったのか」と質問したらしい。そのせいでタランティーノ監督のご機嫌が悪くなったというのだ。

別にタランティーノのご機嫌が気になったわけではないよ。気になったのは質問の方である。質問は暗にタランティーノ監督を女性差別主義者と批判しているわけで、監督のご機嫌が悪くなるのは当然であろう。

この頃アカデミー賞やら国際映画祭やらで、私にはわけのわからん人権問題が議論されている。女性や黒人の受賞者が少ないとか、過去に女性差別発言のあった俳優が受賞するのはおかしいのではないかとかね。

人権について書くのは恐ろしい。私が目にした新聞記事とは日経新聞の署名記事なのだが、記事自体がなんとなーく奥歯に物のはさまったような文章で、記者自身の意見はあまりよくわからなかった。

私も気を付けながら書く。

さて、私は男性差別主義者である。劇団を揚げてからは、女優達に男優達の悪口を言いながら生きてきた。「男は役にたたん」と、たぶん一千回くらい口にしていると思う。

しかしその主義者の私が、主義者だからといって男優の台詞を少なくしたことなんぞいっぺんもない。むしろ女優より多いくらいで、主役の重責も、その「役にたたん」男優が担ってきた。

私の芝居を観て「女優になぜ台詞を与えないのか」と質問されても困る。

「だって自然にそうなっちゃうんだもん」と答えるほかない。思いついちゃったことを書くだけだ。

脚本くらい自由に書かせろと言いたい。だいたい台詞の数を男女平等にしたくても、そもそも数えるのが大変である。一場書き終わる度に、いち、にっ、さん、と勘定して、「うげっ、男の方が多い!」と次の場で調整しなくてはならんかったらそれだけで私は力尽きるだろう。執筆どころではない。私のワープロソフト、愛する一太郎君には、男女別の台詞数を数える機能なんて備わっていない。ライバルのMr.Wordはどうか知らんけど。

 

そもそも役の重要度に台詞の多い少ないは関係ない。私の芝居だって、台詞は少なくてもステキな役はたくさんある。そういう役を愛してくれる役者を、次回作でぜひ依怙贔屓したいものだ。台詞、いっぱいにするぞ。

て、結局私は差別主義者?

 

ここに何度も書いてきたが、「正義」を振りかざす人が嫌いである。

報道に自由があるように、表現にも自由があることを、件の女性記者は忘れている。

 

| 羽生まゆみ | - | 18:02 | - | -
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