羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
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大いなる言い訳

7月19日の羽生ノート『モリエールの楽屋』は、麻理枝から「モリエールの悪口が過ぎる」と一部分削除要請があったので、麻理枝の要請を呑んだ。麻理枝が私に「削除すべし」と電話をかけてくるのは勇気のいることだったと思うし、麻理枝が「批判を受ける可能性がある」と言うからには正しいのだろうと、そこは信頼して従った。

そのあたりの私の対応、かつてのEricoへの大人げない態度とは大違いである。昔、Ericoが「削除!」と電話をかけてくるたびに私は激怒して、「なぜよ! 私は間違っておらん! Ericoのバカっ!」とわめいていたものだ。

「羽生さんが間違っていないのはわかっている。でも削除しなくてはならない」

誰かに迷惑をかけてはならぬということだ。

 

麻理枝には感謝しつつ、少し説明を試みてみようと思う。

せっかく削除したのにここで蒸し返してはなんにもならないのだが、最初にアップした文章の第一行目は、「モリエールのバカタレがやっちまった。」であった。これがいかんと言うので、この一行目とそのあと続く数行をカットした。その数行のうちモリエールの悪口は3行くらいで、実は悪口の量としては歌舞伎役者の尾上松縁に関することの方が多かった。一行目をカットしたら松録の悪口が立ってしまうし、文章としてもヘンテコリンになるので一緒にカットした。

言い訳すると、「モリエールのバカタレがやっちまった。」という書き出しは、「鋭く短い文を一行目に置いたうえで二行目を改行して衝撃を狙う」という使い古された作文手法だったのだが、今回の場合衝撃が強すぎて大失敗した良い例である。

「バカタレ」という悪い言葉遣いと、罪があるのは主催者なのにモリエールを批判したのが悪かったのだろうと、麻理枝と話しながら思った。

こんなことを書くとまた麻理枝やEricoに「削除!」と怒られそうだが、恐れずに言えば私はモリエールの罪はかなり重たいと思っている。松緑がいみじくも言ったように、主催者はシロートなのである。(松録の言うシロートには小劇場、つまり羽生一家玉組が入っているので、私の鼻孔は拳がずっぽり入るくらい大きく膨らんだ。それで松録の悪口を書いた。)

シロートを諫めるのはプロたる者の責務である。モリエールはプロではないのか。歌舞伎役者にシロートと侮られて悔しくはないのか。

ということが言いたかった。

 

「モリエールはいかん」と私が思う理由をちゃんと述べておけばよかった。書かなかったせいで「モリエールのバカタレ」だけが立ってしまい、このような騒ぎになったのだと思う。文章は難しい。

で、今日はその「文章」について言い訳することが主な目的である。

前回の羽生ノートの目的は、公演中止について触れることであった。少し前にHP上で中止の発表がされたからだ。私が知らんぷりしておくわけにはいかない。副題に『お詫びに代えて』とあるのはそのためである。

公演中止の原因はコロナだ。しかしそのことについて私はまだ思考が足りていない。思考する時間もエネルギーもなかった。なのに中途半端なまま「羽生の思うこと」を発表するのは、それこそ誤解が生ずる。

少し考えて、コロナ問題を起こしたモリエールの思い出を書こうと思った。「情景描写に気持ちを乗せる」といういつもの手法だ。現在アップされている楽屋シーンである。

さて、そこで削除した悪口3行に話は戻る。そこには楽屋のことが書かれてあった。つまり、私が思う「モリエールはいかん」理由は様々にあったのに、あえて楽屋の件を選んだのは、それをその後に描く「楽屋の思い出」の布石にしたかったからである。文章でも台本でも「構成」は命であると考える。

しかしその後に続く文章があまり立派じゃないので、布石があろうがなかろうがちっとも代わり映えしなかった。削除したことよりそっちの方がよほど残念だ。もっと上手に書けていたらこのようなことにはならなかったと、これは素直に思っている。

が、布石があればあの楽屋の思い出話がただの役者の悪口にならなかったこともまた確かである。

 

頭部分をカットした際、残りの文章に手は加えていない。(カッコ書きの部分だけ加筆した。主催者が悪いという内容。)

そして読み返してみても、モリエールの悪口なんぞ書いていない。役者の悪口がほとんどである。もっと楽しい文章にしたかったのに役者の悪口を書き始めると筆が止まらなくなるのだ。いつものことだ。

劇団草創期のモリエールへの郷愁を込めたつもりだったのだが、役者の悪口に燃えたせいで狙いが上手に出なかったのだと反省している。

しかし郷愁もわずかだが見える。モリエールへの愛さえ感じる。「コヤも含めて作品なんだ」なんて玉組の羽生に言ってもらえて、私がモリエールなら感涙にむせんだところだ。「でしょーっ」て言うね。

 

「バカタレ」についても言い訳しておきたい。私は「バカタレ」という言葉をしょっちゅう使う。「匡人のバカタレが」と300ぺんくらい書いたような気がする。「雅紀のバカタレ」も書いているかもしれない。バカタレには何がユーモラスな響きがある。私だけの思い込みなのかなあ。思い込みでもこういう言葉が私は好きだ。匡人のバカタレ、雅紀のバカタレと怒る時、私の心は少しホンワカする。

 

「こんな時代だから批判を受けやすい。羽生さんが批判されるのは嫌だ」

ありがとうね、麻理枝。これからも恐れず意見してね。

 

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