羽生ノート

羽生一家玉組座長・羽生まゆみが気儘に綴る日々雑感です。
浴衣にまつわるひどい出来事

匡人には私の気持ちをしたためた長いラインを送った。いまだ既読はついていない。「逆切れ大作戦」の次は「ガン無視大作戦」に決めたらしい。これがお歳暮もらってもいいくらい面倒みてきた私への態度である。ひどいもんだ。

私が匡人メールの文章で激怒したのは、「じゃんくさい」という無礼な言葉でも、また文章全体に流れる無礼な空気でも無礼な言い回しでもなく、実は「線香の一本でもあげたってくれたか」である。これは文章の脈絡からすればEricoに対するものであるが、私もあげていないので私に言われたも同じである。

そもそも「線香を上げていない」→「つまりお父さんに思い入れがない」→「だから浴衣は返さなくていい」とはならないのである。

こんなバカな理屈が通るとはまさか匡人も思っていないだろう。思っていないのにこんなことを言うのは、「オトンの死」や「オカンの精神状態」と同じである。「痛いところ」を突いた気でいるのである。

悪いが私は痛くも痒くもない。だって匡人、はっきり言うが、あなたのお父さんにお線香をあげる義理など、私には微塵もないからである。

それはEricoも同じである。赤の他人の私達を、線香を上げなかったと言って責めるとは、いったいあんた何様のつもりだ。どういう思い上がりだ。

それでも匡人、あなたが本気で私に線香を上げてほしいと望むなら、私は喜んで京都でも滋賀でも行っただろう。来週にだって行く。

でも匡人、あなた本気で私にお線香を上げさせたいわけじゃないよね? 

 

ここに何度も書いているが、そもそも私は「正義」や「人権」や「綺麗事(線香はここに入る)」をふりかざして喧嘩相手を黙らそうとする輩が大嫌いである。我慢ならん。

お父さんが亡くなったのは気の毒なことではあるけれど、相手を黙らすのにそれを使うのは大人のやることではないし、卑怯だとも思う。申し訳ないが、今回の件にお父さんの死は関係ない。どんな事情があっても、誰かの所有物を騙して自分のものにしたらそれは詐欺だし、泥棒である。それが社会のルールだし、社会のルールである前に人としてのルールである。

匡人、ここはひとまずいったん浴衣をEricoに返して、その上であらためてEricoに浴衣を譲ってほしいと頼め。あなたの事情が納得のいくものであるならEricoだってむげに断ったりしないだろうし、なんなら私が口添えしてもよい。

形見などというわけのわからないウソは言うな。本心を聞きたい。あなたの事情がバカげたものであっても本心なら、人は納得したりもする。特にEricoはお人好しだからね、あなたに浴衣を渡す可能性は充分にある。

私が言いたいのは、礼節を守れということだ。こんな騙すようなやり方で人の物を取り上げ、そのあげく中に入った私に逆ギレするとは筋違いも甚だしい。

「今迄着れただけでも満足してくれ」とはなんて言いぐさだ。こんなヤクザか悪ガキが使うような捨て台詞で私へのメールを終わらせるとはどういう了見か。もはや私の与り知らぬ世界である。そんな世界に匡人は生きているということか。

 

それでもまだ、匡人を信じたい。浴衣を送ってくると信じたい。私が好きだった「羽生さん、ごめんなさい」をもう一度聞きたいと願う。

あなたが浴衣を送ってこようが無視しようが、いずれにしても私達の仲はこれまでである。あなたと再び芝居を創りたいなど、私は二度と思わないだろう。会いたいとも思わない。それでも、最後にEricoに口添えはする。約束は守る。だからとにかく、いったん浴衣をEricoに返せ。

 

それから匡人、私が死んでもお線香はいらんよ。

 

| 羽生まゆみ | - | 23:45 | - | -
浴衣にまつわるひどい出来事

匡人とEricoが会ってから、その後匡人と連絡が取れなくなった。Ericoのメールになかなか返信がないという状況である。

やっと来た返信は、お父さんが亡くなってからお母さんの精神状態が悪く、ケアのために関西の実家に居るというものであった。このとき私達は、これを信じた。

いや、もしかしたら信じていなかったのかもしれない。しかしそれを口にすることはできなかった。だって「死」や「精神状態」という問答無用の理由を前にすれば、たいがいの人間は怯む。それにたてついたら人でなしと思われるではないか。人でなしと思われるのが嫌だったから、私達はこれを信じた。

Ericoから「匡人は芝居に出る気もなければ浴衣を返す気もないらしい」と電話がかかってきたのはそれからしばらくしてである。そう判断するしかないメールのやり取りがあったらしい。Ericoはすっかり絶望しており、もう匡人には二度とかかわり合いたくないので『オバイヴ』の上演はあきらめてくれという話であった。

あきらめたくなかったがあきらめるしかなかった。私にはわからなかった。いったいなぜ匡人は浴衣なんぞがほしいのだ。いったい誰が着るのだ。十年以上Ericoが着てきた古着の浴衣を、いったいどうしようと言うのだ。私にはわからなかった。今もわからない。どうしてもわからない。どうして匡人はこんなものがほしのだ?

 

匡人は『オバイヴ』を上演したいという私の気持ちを利用してEricoから浴衣を取り上げた。オファーの電話の際Ericoに「会って話そう」と言ったのはそういうわけだったのだ。オファーを喜んだからではなかったのである。私はなんてバカでお人よしなのだろう。ここ羽生ノートに、匡人への愛を書き散らしてきた私は本当に恥ずかしいよ。

それはもうよい。どうでもよい。問題なのは、私のせいでEricoが浴衣を無くしたという事実だ。なんとしてでも私が取り戻さねばならぬ。

だが何度電話をしても匡人は出なかった。折電もない。ラインメールに返信もなかった。匡人がメールしてきたのは、私の「匡人、電話を寄越しなさい」にキレたからである。「寄越しなさい」がよほどお気に召さなかったらしい。

信じられないような逆切れメールだった。私へのメールにも「オトンの死」と「オカンの精神状態」という言葉が入っていた。だから私とゆっくり話している余裕はないのだと。私は、ゆっくり話す必要はないとメールした。Ericoの浴衣を送ってくれさえすればいいと。

匡人の返信は驚くべきものだった。匡人は私に「じゃんくさい」と言ったのだ。この私に。

一緒に芝居を創っている期間、私は匡人に叱られることもあったし、大きな声を出されることもあった。しかし、私に対して礼節を欠く言葉を使ったことはない。何かしらの配慮がそこにはあった。(匡人と別れる決意をした最後のミーティングを除いて。)「ごめんなさい」を言うこともできた。それが私の匡人だった。

「親一人死んで、形見がなにもない事考えてくれ」

これが浴衣を返さない匡人の言い分であった。

これも私にはわからなかった。形見が、Ericoにくれた浴衣しかないとはどういうことか。とても理解できない話だが、それにも増して理解できないのが、お父さんが他人にプレゼントしたものを形見の範疇に入れるその心の在りようである。これを形見と言うなら、それこそ形見は「なにもない」どころか無数にあるだろう。

どう考えても浴衣は、匡人ではなくEricoにとっての形見の品である。匡人のお父さんを偲ぶよすがの品である。

そしていずれ浴衣はEricoの形見として誰かに譲られる。

形見分けの際にもし私がその場に居たら、私は重々しくこう言うだろう。

「これはね、亡くなったEricoが役者仲間のお父さんにいただいた由緒ある浴衣なの」

それが形見ってもんである。ふだんから「身近」にあり「お気に入り」で、そして「謂れ(いきさつ)」があれば尚可である。

 

父親が他人にあげたものを形見とは絶対に言わない。

私にはわからない。10年以上もたった今になって、父親が人にあげたものをなぜ取り返そうとするのか。

浴衣のことを今急に思い出したわけでもあるまい。きっとずっと匡人の心の中にあったのだ。引っかかっていたのだ。この執着に驚く。理解できない。わからない。

わからないから、恐い。

執念が、怖い。

 

次回に続く

 

| 羽生まゆみ | - | 23:45 | - | -
浴衣にまつわるひどい出来事

これから書く文章に、もし石井匡人から削除要請が入ったらすぐに削除するつもりでいる。要請があったということはつまり匡人がここを読んだということであり、それが本日の書き込みの目的だからである。彼が読みさえすればその後の削除はいっこうにかまわない。

なにしろ匡人は私の続けざまの電話に出ないばかりか、逆切れのラインを2度寄越したあとは、私が私の気持ちを丁寧に伝えた長いラインメールを開きもしていない。匡人は私との絆を断ち切ってまでEricoの浴衣を自分の物にしたいわけで、となれば私に残された交渉の手立てはない。

ここに書きこむのは、おそらくここは読んでいるであろう匡人に、「あなたは間違っている」ということ伝えたいからである。Ericoには申し訳ないが、もはや浴衣を取り戻すためでもない。まして鬱憤晴らしでも悪口でもなく、とにかく匡人に「伝えたい」だけなのだ。

ここを読んでくださっているお客様や関係者には、今回だけは伝言板になることをお許し願いたい。重ねて言うが、他に手立てがないのである。とはいえ、それでも読む人達は居るわけで、となれば「抽象的なことは書かない」という羽生ノート規定に則り、事の顛末を最初から説明するべきであろうと考える。

 

そもそも私がEricoを通して匡人にオファーをかけたのが間違いだったのだ。実は12月の『サンタクロース〜』上演の勢いに乗って、一ヶ月後の1月に二人芝居『オバケのイヴイヴ』を打とうと考えた。私には心躍る企画であり、Ericoが電話をかけたら匡人が「会って話したい」というので私の心はますます躍った。まるっきり出る気がないわけではないらしい。まずEricoと匡人が二人で会うことになったというので了承した。

この後のことはEricoから聞いた話になる。

会う直前のある日、匡人から連絡があったと言う。昔匡人のお父さんがEricoにプレゼントした浴衣をしばらく貸してほしいという内容だった。その時点でEricoが私に連絡をくれていたら、私はもしかしたら匡人の魂胆を見破っていたのではないかと思ったりもする。私はこういうことには鼻が効く。匡人の嘘をしょっちゅう見破ってきた。

わからない。見破ったはずだと思う一方、オバイヴの上演にホワホワ浮かれて、鼻にも頭にも豆が詰まってしまっていたかもしれない。

 

匡人は最近お父さんを亡くしたばかりだった。匡人が浴衣を借りたい理由は、お父さんが染めた浴衣の絵を描いて、精神的に落ち込んでいるお母さんを、その絵でなぐさめたいというものであった。聞いたときは、ずい分妙な理由だと思った。

私がこれを聞いたのは、Ericoが匡人と会ったあとにかけてきた報告電話においてである。すでに浴衣は渡していた。

妙な理由だったから嫌な予感はした。Ericoにも「ちゃんと返ってくるかなあ」と疑念を口にしたくらいである。しかしその時は、Ericoの報告からオバイヴ上演の可能性が見えてきて、私の頭はすっかりそっちの方へ向いていた。Ericoに申し訳ないことながら、嫌な予感や疑念は自らあっちへ追い払ってしまったのだ。私はバカだ。

 

匡人のお父さんとお母さんは、玉組の公演に遠方から欠かさず足を運んでくれた。いつも喜んでくれて、そんな中でEricoはお父さんのお気に入りになったのだ。そして驚いたことに、あるときお父さんはご自分で染めた浴衣の反物を、Ericoにプレゼントしてくださったのである。

私はなんてかっこいい人だろうと思った。「反物」をプレゼントに選ぶ人など今どきお目にかかれるものじゃない。Ericoが狂喜したのは当然で、さっそく浴衣に仕立てて今日まで大事に着てきたものである。あらためて言うまでもないが、仕立て代は自分で支払った。Ericoのお金である。匡人のお金ではない。

 

次回につづく

| 羽生まゆみ | - | 23:44 | - | -
バリの虫

バリには思ったよりヤモリが少なかった。

そして虫も居なかった。実はトイレ事情とヤモリの次に心配したのが虫であった。これについてはキンチョールを持って行きたいと騒いで同行者を困らせたくらいである。スプレー缶は飛行機に持ち込めない。現地で買えばいいようなものだが、しかし殺虫剤はキンチョーと固くこだわっている私としては、フマキラーでさえ身を委ねられないのにインドネシア製など論外である。

ごねる私に同行者は言った。

「インドネシアの虫にはインドネシアの殺虫剤が一番効く」

なるほど、そう言われればそれが正しいようにも思える。結局、塗り塗りタイプの虫除けだけ日本から持って行った。

ところが塗り塗りする必要はまったくなかった。虫なんぞいなかったからである。むしろいなさすぎて恐ろしいくらいだった。だって、そんなわけはない。ホテルの広い敷地は熱帯の林あり水辺ありの、虫にとっては絶好の棲家ではないか。なのにうちのベランダの方が多いくらいなのである。いくら多摩市が近年まで森林だったとはいえ、これはおかしい。

 

謎はすぐに解けた。害虫駆除であった。ホテルでは週に三日の害虫駆除デーが設けられていたのである。三日! これは多い。

そういえば朝食時、ヘロヘロ飛んできたハエがテーブルに着地し、ヨタヨタ歩く間もなくコテッとひっくり返ってしまった。あれは前の晩の害虫駆除をなんとか生きのびたハエの、悲しい末期であったのだ。

これはいかんと思った。別にいい人ぶるわけではないが、頭のどこかでちょびっとだけ、生態系のことが気にかかった。思ったよりヤモリが少なかったのも、餌である虫の減少によるものではあるまいか。悪い病原菌を持つ害虫駆除は当然としても、南国の島の生態系に影響を及ぼすとしたらちょっと気にはなる。

けれど観光で食べているバリ島にしてみれば、いい人ぶっている余裕はない。バリ島は日本人のリピーター客が多いと聞くが、これもトイレ事情の改善や害虫駆除などの努力あってこそであろう。かく言う私も事情が許せばもう一回行くつもりでいるが、もし今回虫だらけだったらそんな気にはならなかったかもしれない。

というわけで、私にあまり偉そうなことは言えない。

 

いきなりバリ島に戻ってみた。

やっぱり上手に書けなかった。「バリのオーストラリア人」「バリの中国人」「バリのヤモリ」「バリの虫」と、せっかく旅行したので「バリの○○」シリーズを書いてみたが、私のブログを読んで「バリに行こう!」と思った人は皆無だろう。残念である。

私は上手に描写できなかったけど、ゆっくりするにはほんとに良い島なんだよ。ヒンズー教の寺院は期待したわりにもう一つだったけど、これはもう、素晴らしい神社仏閣を見慣れている日本人には仕方のないことだと思う。日本の寺がすごすぎるってことをあらためて知ることになって、それはそれで良かったと思っている。

| 羽生まゆみ | - | 21:17 | - | -
頑張ってね拍手

Ericoからの不在着信に気付いた。

さっそく来たなと思った。で、すぐさま返信メールを打ってやった。

「削除はしないよ」

Ericoからもメールがきた。

「削除要請じゃありません」

なんだ、てっきり前日の羽生ノートを削除しろと言ってきたのかと思った。うっぷん晴らし的役者の悪口書くとすぐ「削除! 削除!」と騒ぐのだ。

残念。戦う気満々だったのに。

 

心は臨戦モードだが身体はトレーニング疲れでへろへろである。毎回ヒロに「筋肉痛は?」と訊かれるが、

「痛くないわけないだろ、いちいち訊くなっ」

と言いたくなる。

朝目覚めると身体が痛くて起き上がるのにひと苦労である。

で、昨日は起きると同時にいいこと思いついた。

「そうだ、朝っぱらからジムに行こう」

二日酔の迎え酒みたいなものである。ぴょんぴょん跳ねて筋肉痛を振り落すことにした。

会員になっているNUSではなく、オアシスに行った。3年半振りくらいか。3年半前は、オシャレなマダム達に混じって、自称イグアナは大へん居心地の悪い思いをしたものだ。しかし今は違う。マダム達のものすごく派手なお衣装(特にシューズへのこだわりはすごい)にはやっぱり圧倒されたが、心の中で「ダサっ」と悪態つくくらいの余裕はあった。

参加したのはボクササイズ系のクラスである。振りが短時間で覚えられないのが私の弱点だが、なにしろミット打ちで鍛えているから初参加でもそれなりについてはいける。。トレーナーからはへなちょこパンチと叱られてばっかだが、60人のマダム相手に負けるところはなかった。当然である。吐きながらミット打っている日々、これでチャンプになれなかったら悲しすぎる。

 

同日夜はいつものジムの、いつものずんばへ。私のおうちへ戻ってきたよって感じ。お衣装に凝ったりしない、上品で温和なマダム達が、やっぱり私は好きだ。

この日は、オーストラリア人のアマンダちゃんが膝の手術のため半年ほど休むというお知らせがあった。それを聞いてみんなの顔が一斉に曇った。ああ、なんて優しい人達。それからみんなでアマンダちゃんを囲み、「頑張ってね」と拍手した。とてもいい光景である。胸が熱くなった。

しかし皆と一緒に拍手しながら私は思っていた。

「手術することになっても、私は黙って休むことにしよう」

 

翌日再びオアシスへ。ずんばのクラスに出た。

冒頭、インストラクターさんから「初めての方はいますか?」という質問があり、思わず手を上げた。このクラスに出るのが初めてだったからである。ところが質問の意味を私は取り違えていた。

インストラクターさんは明るく言った。

「はいっ、ずんばが初めての方でーす!」

すると50人の派手なマダム達が一斉に私をググッと取り囲み、「頑張ってね」と拍手したのである。ええっ! どうやらここはそんな決まりがあるらしい。恐るべし、オアシスのずんば。

私は思った。

「手術することになっても、初めてのずんばでも、これからは必ず黙っていることにしよう」

 

この後、たぶん私のことなど誰も見ていないんだよなーと思いながらも、すんばが初めての人に見えるよう気を遣って踊った。

 

| 羽生まゆみ | - | 03:43 | - | -
好きにすればよい

『サンタクロース〜』のホン書き作業が楽しい。と言ってもほとんど直していないけど。

性別を変更したキャラの性格付けが主な仕事だ。そんな作業を通して新しいキャラクターが私の頭に沁み込んでいく。

ついでに上演時間を短くするためにカット作業もする。喋るのを楽しみにしていた台詞がなくなっても、役者はそれでいちいち傷ついたりしないでね。

 

そんなことを書いているさなか、麻理枝から電話があった。10月の(雅紀抜きの)稽古は何回くらいやればいいかという質問であった。

はああーーー? 知るかそんなもんっ。それでまた麻理枝相手に意地悪くブチ切れてしまった。すまん。

どうして10月の稽古の回数なんぞ考えなくてはならなのだ。どうしてかというと、雅紀のせいで本格的な稽古が11月からしか始められないからだ。玉組の歴史の中でこんなことは初めてである。だから「前例に倣って稽古スケジュールを組む」といういつものやり方ができないので、麻理枝は途方に暮れているのだ。

しかし私こそが途方に暮れる。稽古スケジュールなんぞいっぺんだって組んだことはない。私に訊いたって無駄である。

前例にならって稽古スケジュールを組んでほしいのは私の切なる願いである。2ヶ月かけて1コマ4時間、50コマの稽古時間を確保する。木曜日は昼から夜にかけてたっぷり稽古する。ラストの5日間は本番の衣装をつけての通し稽古。これが私の身に沁みついた「公演に向けた稽古」である。ずーーーーーっとそれでやってきた。それが私の稽古場、玉組の稽古場だ。ふざけんな!

10月に何回稽古するかなんて雅紀に訊け。自分は出ないのだからスケジュールなんぞ組みたい放題である。私は雅紀の言うとおりに稽古場へ行く。

誰がいつ休みたいだの早引けしたいだの昼間の稽古は出られないなど、いちいち私に報告するな! 知らん! 休みたい役者は雅紀に連絡して雅紀に了解をもらえ。役者たちは好きなだけ稽古を休めばよい。自由にやればよい。いちいち私に言うな。

 

旗揚げ当初から私が休みを許さないとか外部出演を許さないとかさんざん悪口を言われてきた。しかし悪口を言われる覚えはない。結局私は許してきたではないか。私が許そうが許すまいが、役者たちは自分の思う通りにしてきたではないか。思う通りになってきたではないか。今回もなったではないか!

役者たちは私の批判をすることで甘い自分を正当化し、ストイックではない自分に目をつぶることができたのだ。それが役者だ。

そして、さんざん自分に甘いくせに、悪夢のような滑舌のくせに、滑舌の稽古さえしないくせに、「売れている俺」「テレビに出ている私」だけはうっとり夢想する。バカだ。

 

今回も同じである。これまでそうだったように、私が何かを許さないなんてことはない。役者は自由だ。好きにすればよいのだ。稽古の回数など役者たちで決めてもらってけっこう。休みたかったら休んでもらってもよい。

野田秀樹になれなかった私は与えられた条件の中でやるだけである。そうするしかないんだから。

 

私が野田秀樹だったら10月の稽古日数のことなんて考えなくていいのに。あー悔し。

なんだよ、稽古日数って。ホント腹立つ。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 01:47 | - | -
エルピープルさん、あなたは誰?

テレビと同じくスマホからもバカ光線が出ていると思っていた。依存症なんかになったら人生オシマイである。スマホごときで残りの人生を廃人ですごしたくはない。ところがめっちゃいじっている。歩きスマホも辞さない構えだ。いかんいかん。

覚えたてはなんでも楽しいものである。パソコン操作を覚え始めた時もそうだったけど、あっちこっちいじっている間に何かを発見し、運よく設定なんかできちゃったひにゃあもう大変。自分がものすごく「できる人」になったような気がして気分が良い。

ついさっき写真のアルバム設定を成し遂げた。これはもう何日も前から「アルバム」の意図するところはわかっていたのだが設定の手段がわからず、何度も戦いを挑んでは玉砕していたのだ。ついに勝利した。あー気分がいい。

昨日はLINEのプロフィール画像をアップした。これはさすがに躊躇したが、ごめん、やってみたかった。玉組関係者がざわついたに違いない。

「私の知っている羽生さんじゃないっ」

「しっかりして、羽生さん!」

そんな声が聞こえる気がした。

それにしてもいまだに電話帳の登録は27人だし(病院や美容院等も含まれる)、ラインのお友達も29人(誰なのかわからないエルピープルさんなんて人も含まれる。ガイジンだろうか)である。私ってば本当にお友達が少ないのね。

こんなに友人知人の少ない私の人生っていったいなんだったんだろうとつくづく反省しちゃってるわけだけれど、そんな反省をまさかスマホ取得をきっかけにするとは思わなかった。

 

ベランダの緑が濃さを増す季節である。紫陽花や桔梗などの花類は花を落としてしまったが、シダやカボックなどの観葉植物がこの暑さにもめげず元気である。観葉植物類は虫もつかないし育てやすい。380円で買ったときは30兮らずだったカボックがいまや2mだからね。

園芸が好きだなんて、私にはこんなステキなところがある。しかもこのとんでもなく忙しいなか、育てたバジルを収穫してジェノバソースを作るという、毎夏恒例の作業も滞りなくやってのけた。

はっきり言ってジェノバソースなんぞ買った方がよほど安上がりだし、味だってそれほど違いがあるとも思えない。しかしこの「手作り」という自己満足感がこたえられないのである。楽しいのだ。ピザなどイタリアンなお料理を作るたびに、冷凍庫から取り出したソースをちょびっとずつ大切に使っている。そして「私ってばステキ」と思う。

 

写真をパシャパシャ撮りはじめたのもスマホを持ってからである。

来年あたり、もしバジル収穫からソース作りまでの行程を写真付でブログに載せたら、いよいよ羽生もオシマイだと思ってほしい。

 

| 羽生まゆみ | - | 00:57 | - | -
クスリ(体幹トレ日記86)

再会したヒロとのトレーニングも、早四回を重ねた。トレーナーが変わると筋肉もびっくりするのか筋肉痛の日々である。今日も朝から「痛ッ」とぶつぶつ文句を言いながらガニ股で歩いている。内股とふくらはぎと足の付け根が痛い。

ということは前回は下半身トレだったわけだ。この頃トレーニングに限らず、何をやったか、何を食べたか、すぐ忘れる。

そして今日五回目。またトレーニング前に言い争いになった。私は私なりに気を遣っただけなのにどうして叱られるのかわからない。ヒロの目には私のやることなすことみーんな「羽生の身勝手」に映るらしい。もう知らん。何もしないし何も言わない。

だいたい初日なんて、まだ着替えてもおらずリュックを置くか置かないかのところでいきなり喧嘩が始まった。言い争いなどという生やさしいものではない。怒鳴りあいの大喧嘩である。ちょうど作業中であったガス工事の業者さんは、作業が終わっても出るに出られなかったに違いない。

ヒロのトレーニングを楽しみにしていたし、オープンおめでとうの気持ちもあったから、なんでいきなりこうなってしまうのだとつくづく情けなかった。このまま一回もトレーニングを受けずにすごすごリュウドのところに戻ったら、リュウドはお腹を抱えて大笑いするだろうと思った。

工事屋さんが帰ったのをきっかけにやっと少し空気が変わった。

「早く着替えてこい」 

「今日はもうやめておいた方がよくない?」

ヒロのこめかみがぴくりとする。

「あーめんどくさい。いいから早く着替えろって言ってるだろっ」

怒るとめちゃ柄が悪い。めんどくさいとはなんだ。こっちの言いたい台詞である。むかつく。私はあんたのオンナかよっ。きゃ、きゃ、きゃ、客だぞっ!

と言いたかったが、これ以上怒らせるとさすがに怖いからやめておいた。

 

情けないことにトレーニングが始まると楽しくなってしまう。

「思い出した。これよこれ」

うんうん呻きながら、バーにぶら下がって伸びたり縮んだりする。

「足の裏全体で蹴るんだよっ。何度言わせるんだバカ!」

トレーニングなら怒鳴らても嬉しい。ヘンタイだ、私。

こちらに移る間際、リュウドに訊いた。

「私、前みたいに燃えることができるかなあ」

リュウドは言った。

「大丈夫。一回で元に戻る」

「せっかくやめたクスリみたいに?」

「そう。羽生さんとヒロさんのトレーニングずっと見ていたからわかる」

 

で、一回で元に戻った。

 

| 羽生まゆみ | 体幹トレ日記 | 23:01 | - | -
絶好調

『サンタクロース〜』のホンにかかっている。登場人物の性別が何人か違うので、まずざっとそれを直す作業を続行中である。

というわけで改めてじっくり読み直しているわけだけれど、面白い。謙遜しても白々しいから謙遜しない。私についている演劇の神様も当時まだ元気で、絶好調の頃だったのだろう。神様も今では老いた。

もっともすらっと書けちゃうのは今も同じである。構成を壊すのが嫌で突っ込み場所がわからなかった長台詞も、「おお、こんなところに!」と意外なシーンで突っ込めた。このときも「私ってば天才」と思った。とにかく書き始めれば、なんの努力もなしに「ぽあん」と解決策が思い浮かぶ。台詞もぽあんぽあん出てくる。

ちょびっとだけのシーンだけれど新しい台詞だから、一瞬新鮮。なかなか良い長ゼリだよ。お楽しみに。

 

調子に乗っているぞ、私。調子に乗り過ぎてバチが当たらないように気をつけねばならぬ。

でもたまにはこんな自信満々の時期も必要だ。なにしろ一年のうち四分の三はジメジメしている。一年のうち九ヶ月も梅雨だと、これはきついよ。私に春のようなおおらかさが年がら年中あれば、私の人生も随分違っていたのではないかと思う。

こんなにジメジメクヨクヨしていて20年以上もよく芝居が打ってこられたなあと思うのだが、一方腹をくくったときの強さと潔さは人並み以上だから、そのおかげでなんとかなったのかもしれない。長いことジメジメしていた分、覚悟さえ決まれば迷いはない。

そんなわけでたった今、上演を目論んでいた企画が潰れたがあまりへこたれていない。玉組がブレイクしなかったのは役者がバカタレだったからだという、かねてよりの疑念がはっきりして、気分がすっとしたくらいだ。私のせいじゃなかった。前々からそうじゃないかと思っていたのだ。

私はへこたれていないが、よけいな傷を負わせてしまったEricoと、巻き込んでしまった役者には心から詫びたい。でも近い将来必ずやる。

まずは『サンタクロース〜』に集中せねばね。ともすれば気持ちは稽古場に飛ぶ。特に、ヤングキャラを担う麻理枝、佳美、優太の三人はこれまでにない厳しさを経験することになるので、それこそ覚悟して稽古場入りしてほしい。

麻理枝と佳美は私の芝居で初舞台を踏んだ文字通りの子飼いである。優太とて舞台経験は一度か二度だから、私の責任はきわめて大きい。

私に残された時間はそう多くはない。役者を育てておきたい。私の芝居と私の意識を引き継ぐ役者を育てておきたい。三人には私のダメを、覚えていてほしいと願うのだ。

 

さあ次! と力が湧いてくる。『サンタクロース〜』のこともあるが、他にも何かがうごめき始めたのを感じる。行動せねばと思う。

まず来月、久々に映像の女優をやるよ。エロい作品だというので「おっ、いよいよ脱ぐか」と張り切ったら、

「羽生さんは脱ぎません」

あっさり断られた。断固たる拒否であった。遠慮しなくていいのに。

でもまあ現場に入ったらどうなるかわからないので、いちおうトレーナーにも言って撮影日までに身体は作っておきたいと思う。ニベアもぬりぬりしておかねば。

 

プロだね。

 

| 羽生まゆみ | サンタクロース イン トーキョー | 07:05 | - | -
胃が痛い

胃は私の最大の弱点である。

痛みは前日の微かな前触れとともにやってくる。「あ、やばいかも」と恐れつつ眠り、翌朝恐れつつ目覚めると、それは確かに訪れるのだ。かなりの激痛で「きしむ」といった表現が一番正しいかもしれない。

きしんだ時は胃を指で押さえながら我慢しているしかない。するとやがて潮が引くように痛みは去る。寄せては返すの繰り返しだ。まるで陣痛だが、陣痛と違って何も産まれない。

たいがいガスター10を飲んで我慢していれば一日か二日で治る。ところが今回は木曜日から微かに始まり、金曜日はピークで、土曜日はついに病院へ行った。先生のていねいな問診が始まるが、こっちは「そんなことどうでもいいからとにかく早く痛み止め出してくれ」の心持ちであった。

食べたものなど訊かれたが、そんなものは関係がないことは私が一番よく知っている。なにしろ高校生の頃からつき合っている。そういう胃なのだからしかたない。たまにきしみたくなる胃なのだろう。

毎年バリウム検査もしているが特段悪い病気は見つからない。というわけでたいがいのお医者様はやさしくおっしゃる。

「胃の痛みはほとんどがストレスです。心当たりはありませんか?」

この「ストレス」という言葉、なかなか心地いい。胃が痛いとき、まわりの人に「きっとそれ、ストレスだよ」と言われると、なんだか自分が少しえらくなったような気がする。悩みや苦しいことがたくさんある私。まわりに理解されない私。いじめられている私。むつかしいことをたくさん考えている私。などなどの私である。それで胃が痛くなるなんてめっちゃかっこいいじゃん、私。と思ってしまう私である。

だからこそ、自分で「ストレス」とは言いたくないと思うのだ。かっこ悪い。「ストレスじゃない?」と言われたら、「ゆうべドカ食いした」とか「腐った卵食べた」とか「レバーブロー入れられた」とか言いたい。その方がずっとかっこいい。

ちなみにこの頃は胃が痛くなってもへこたれない。胃痛で死ぬことはないからね。

 

Ericoから電話があり、芝居関係のことを二時間以上しゃべった。この日匡人とお茶だかご飯だかをしたそうである。きっと私の悪口で盛り上がったに違いないが、でもいいの。私の作品に向ける二人の愛を私はよく知っているから。その点は微塵の疑いもない。謙遜する気もない。

とっても前向きなことを話した二時間で楽しかった。いろんなことがなかなか思ったようにはいかないけれど、それでも芝居は私のよく知った世界であり土俵で、Ericoにしろ匡人にしろ私には勝手知ったる人間である。構えることも疑うこともしないですむことが私にはありがたい。

腹の立つことはお互い様にあっても、こと芝居に関する限り、そこに存在するのは信頼である。とても、楽だ。

 

二時間後、電話を切ってふと気付いた。

胃が、痛くない! 楽しかったら治った。

 

なんだ、やっぱりストレスじゃん。

 

| 羽生まゆみ | - | 07:00 | - | -
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